2015年1月28日水曜日

163)ローマ字で日本語の復権を計る

「伝統が途絶える!」なんて能く言いますよ!伝統なんて既にズタズタに切られてしまったじゃ無いですか!誰が伝統を切り裂いたんでしょうか?ローマ字の伝統を新たに作れば良いじゃないですか!今誰も百年以上前迄の江戸時代の文献を素読みすら出来ませんよ!当時の変体仮名を読める人間は現代には専門家を除いては居ませんよ!誰が伝統を途絶えさせたんでしょうか?明治政府は伝統などほっぽらかして西欧に追いつけ追い越せの号令を掛けたのですから、伝統なんか高が知れてますよ!意識して伝統を繋がなければならないんじゃないですか?それに、ローマ字の方が日本語の、大和言葉の正しい把握が出来る様になりますよ!仮名は耳で聞いた通りを映すだけで、文法的背景などお構い無しですからね!ローマ字の方が繊細に書き写せるのです。
従来の仮名漢字混合文では日本語の分析が母音と子音に分けて考えると言う習慣がつかないので不十分な書き方です。ローマ字で記述すれば、分析が行き届くので日本語の姿と言うものが能く解ると言う事なのです。日本語は過去大和言葉が成立した頃には子音性が一部残っていたのですが書き表す漢字が限られた音節しか持ってなかった事が禍しました。子音を書留める文字がなかったと言う事と日本語の開音節に合わせて漢語には殆んどが閉音節しかなかったと言う事が原因で利用メリットが少なかったです。こんな不自由な環境の中で日本語を書き写していたのです。

2015年1月20日火曜日

162)ローマ字とは国家戦略でもあります。

ローマ字にする事により日本の文化へのハードルが下がり日本の文化理解に貢献します。日本の文化とは仮名漢字混合文では無いのです。足枷でしかありません。自らハードルを下げれば、自国民が他国(学ぶべき他国)を学ぼうとする意欲が引き出せると思います。世界には自国に関心を持って欲しいと考えてる国が非常に多いと事が分かっています。文化はお互い様です。関心を持ちつ持たせる関係を作り合うことが必要と思います。仮名漢字混合文では、最早、大衆が付いて来ないのです。

2015年1月18日日曜日

161)ローマ字は伝統破壊か?

確かにローマ字は伝統破壊の要素があるかも知れませんが、破壊よりは見直しの要素の方があるのです。今構想しているローマ字は日本語を細かく精査してスペルを決定出来る様に考えているので、寧ろ日本語復興と言って良い内容になっています。伝統とは引き継いでこその伝統なのです。明治政府が行なった伝統破壊とは比べようはありません。明治政府は直接間接に日本の伝統を破壊して来ました。無条件な西欧文化崇拝、盲目的な模倣を繰り返して来ました。ですから伝統は継続意思を持たなければ伝統維持にはなりません。

2015年1月17日土曜日

160)ローマ字は表現であり、デザインです!

ローマ字で書く事は環境が一新します。見違えて来ます。ローマ字はヨーロッパの文字である事はご存知の通りですが、ヨーロッパが発展した隠れた原動力でもありました。ローマ字の源流はエジプトのヒエログリフでしたが、先ず地中海の東岸のセム語族に無母音で使用され、地中海交易が直ぐ文字使用を拡大したのです。ヨーロッパへは母音の開発で拡大が促進したとも言えます。表音文字としての使い勝手の良さとキリスト教の布教目的で拡大が促進したと言えます。ローマ字は表音文字なので、煩雑な読み方の縛りが少ないと言う事がありました。ローマ字を書き連ねても美しさが失われる事がありませんでした。美しさはどんな場合でもデザインに貢献しました。そう言う意味でローマ字を採用する事は生活のあらゆる場面で美しさを保つことに貢献すると思われます。
我々はコンピューター社会でテキスト入力の場面でローマ字変換を強いられていますが、アルファベットを入力することにはだいぶ慣れましたが、仮名漢字混合文に変換する煩わしさは未だに背負っています。この様なナンセンスな社会からは脱出しましょうよ!ローマ字は我々の生活を見えない所からローコストに支えてくれると思います。ローマ字は表現であり、デザインでもあります!

2015年1月14日水曜日

159)日本語表記における難問

日本語をローマ字で書くにあたり問題は何だろうか?❶先ず最重要なことは音便の書き分けです。音便は出自の違いがありながら同音に収斂してしまう事です。これを書き分ける方法を用意出来れば、意味の明瞭な区別に役立てる事が出来ます。❷次に動詞活用形のウチ、連体形/終止形の区別と已然形/命令形の区別が其々明瞭にできる事。❸近世迄に起こった漢語系の音の収斂を区別する事。(旧仮名遣いでは区別出来ていた事。)❹大和言葉の活用に生じた音の変化を現代語として読める様にする事。❺旧表記と発音が乖離したものの表記を現代語として読める様にする事。等です。(書記通りに読む場合もある為)❻更に言うならば、様々な工夫をしても区別が付き難いローマ字表記が出来てしまう事を気づいておくべきでしょう。その解決の為には同化しやすい表記に対して不断のチェックが必要だということです。又更に厄介な問題は❼外国語(特に英語)の無制限とも言える流入です。英語は不規則なスペルの代表格でこれを日本語に規則的に整理して取り入れる事は殆んどお手上げと言って良いと思います。そこで、外国語は外国語として記述するなら書体をイタリックにする等すれば良いのですが、日本語化されている場合は日本語で発音した通りに記述すれば良いのだと思います。その際旧訓令式五十音表ではなく、当百音表によると良いと思います。現代においては、訓令式の時代より日本人が可能とする発音の種類が増加しているからです。更に旧い発音と新しい発音が並存している場合もあるのでローマ字は並存する発音を区別なく表現する事を保証しておかなければならないとも考える為可能性を否定はせず、取り上げておきたいと思います。

2015年1月13日火曜日

158)言語交流 交換

  
世界の文字表記は使用文字の等質性はないが、ほぼ表音文字に収斂しつつあります。但し日本語と中国語を除いてですが。日本語と中国語の状況を比べると日本語の方が複雑ですが、中国語は大陸の方は簡体字への改革まででストップしたままです。台湾は改革の気配すら見えません。いずれにしても文字改革への道は何かしらの指導力(権力)が働いた時にしか歩み出せない様です。と言う事は文化現象に動きが見られないと言う事は現政権の権力基盤はそれ程強いとは言えないと言うことか。
日本語をの音訓表記はメソポタミア出土の楔型文字において権力交替の結果文字に音と訓の読み方が発生したとの発見がありました。従って日本語の表記は古代のメソポタミアの域を出ていないと言う事になります。同じ字は状況により読み方が変わると言う現象です。これを伝統として維持して行く事は安定した文化維持が出来る権力の継続がなければなりません。メソポタミアでは遺跡の中に埋もれてしまいましたが、日本では綿々と引き摺っているのです。メソポタミアは一定の文化的影響を放って消滅しましたが、恐らくいまの日本が努力を怠ればメソポタミアの轍を踏む事にもなり兼ねません。
異文化交流は其々の文化が豊富化する為に欠かせない事です。異文化交流の下地を用意しておく事は文化の継続を見通す者にとって避けては通れない部分であろうと思います。
  

2015年1月7日水曜日

157)記号使用に付いて

 
従来のローマ字運動の中には記号を酷く嫌う流れが一部ありました。しかし、適度に、効果的に使用する事は明晰さと理解のし易さの為には寧ろ望ましいと思っています。例えば省略記号は省略した形と省略前の形が並存している場合などに両形あればその差を表現出来るので便利だと言う事があります又現在は省略後の形が多用されていれば、省略記号が目印となって読み方の指標になり易いと思います。省略記号としては[']["]が挙げられます。又結合の為には[-](ハイフン)、やや分離の為には[|]を使用すべきです。
 

2015年1月4日日曜日

156)国力とは?

日本の規模がこのままで良い訳がありません。過去には領土的欲望に任せていた事が通用していた時期もありましたが、現在はそんな事は絶対に出来ない、してはいけない時代です。他国の人民を抑圧してまで成り立つ様な国と言うものは何処かに歪みをもたらし不健全な国際関係を作り出す元になります。既に日本はこの国際関係においては大失敗しているのですからこれを教訓としない訳には行きません。そこで、平和を維持したまま国力を付ける為には日本自身が変わる事を目指さなければ国際競争に勝つ事は出来ないでしょう。日本は一国の平和で事足れりとしている様な処がありますが、トンデナイ事です。世界には多くの矛盾を抱えた人民が苦しんでいるのですが、この人民には国際的な移動の自由が与えられているので、この人々を鎖国のようにシャットアウトする事の狭量さは世界に貢献しようとする国家の姿ではありません。寧ろハードルを低くして受け容れる努力をして、日本の国家の国力の充実に与するものでなければなりません。
国力と言っても道を間違える事はもう出来ません。平和を維持し乍ら戦略、戦術を立てなければなりません。戦略、戦術は分析力が物を言います。 武力戦略戦術を選択肢の中に含めても良いのですが、それを公表するしないも戦略、戦術の内です。そう言う事もひっくるめて分析力の内に取り込む事が必要になります。場合によっては民主主義に馴染まないかもしれないのですが、民主主義的な手続きは絶対に外す訳にはいきません。ローマ字運動も奥行きを以って進める必要があります。あらゆる思想、方法、アイディアで乗り越えなければならない事です。

2015年1月3日土曜日

 
155)日本語の冗長さ

 
ローマ字で書くと各語を分節して書くことが多くなるので日本語で気が付かなかった事が洗いざらい良い点悪い点が見えて来ます。ですから日本語を見直すと言う行動に繋がると言って良いと思います。日本語は本来冗長で曖昧なので何処をどうするかの方針が出しやすくなるのではないかと期待はするのですが、全ては書き手の力量です。長い目で見たいと思います。

2015年1月2日金曜日

154)漢字仮名文字混合文の非効率から脱出する。

 
万葉仮名の名残で日本語表記には多くの当て字なる現象が存在しています。この現象は陰に陽に非効率の影を落とします。たった一つの地名さえサッサと読む事に障害となっているのです。人名の書き方は社会生活に非効率の影を落としています。この非効率を愉しむ事は結構な事ですが、目に見えない非効率は、計測が出来ない事で益々増長するばかりでお互いの首を絞めあっている様に見えて仕方がありません。この状態から脱出する方法を見つけなければ、それを諦めてしまっては、本当に脳が空っぽの民族です、日本人というのは!
日本人はお互いを縛りあっています。お互いを解き放つ方に働けば自らも自由になるのです。早くそれに気付いて欲しいと思います。