| 日本人がアルファベットに対して抱く感情は①英語などの外国語②自国語をアルファベットで書く事とでは大きく違う様に思う。外国語を書く事はグレードアップの意識を以って一種のコンプレックスである。これは商品名に必ず英語などを添える習慣ににも現れているのではないか?この現象を能く説明は出来るだろうか?コンプレックス以外に |
■ローマ字運動は一日にして成らず哉也!
■現在開発中ですが、J'Alfabectoのクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。
■抑も(そもそも)日本語をアルファベットで書けないという理屈もないだろう?■不揃いなアジアの先達に学べ!
■従来型の五十音表換字一辺倒のローマ字運動その❶/その❷等には長い間のご活動に感謝致します!■従来型の五十音表を棄て、音便を表記可能な百音表へ転換しましょう!
■方式•流派主義を棄て、総ての人の参加とクロストーク/ブレーンストーミングを通 して。
■ 文字変換不要の親IT的日本語へ‼■J'alefabèctoで新しい時代を切り開こう!■我五百年、千年後の田畑に鍬を入れ、種を蒔かん!■伝統表記も心の片隅に置き乍ら!
2016年10月22日土曜日
| 日本語は名詞などの不活用語と動詞と形容詞などの活用語があり、動詞と形容詞の境界は形態的に不鮮明である。学校文法は活用の中に文法上更に区分できるはずの概念をごちゃ混ぜにして形容詞と副詞の境界をワザと取っ払っているようである。だから言う訳ではないが、学校文法のままではローマ字で扱うべき古典語の秩序的整理、導入は出来ないのである。動詞活用は4、5段活用と<2段活用に大別出来るがこの差は有史以前に経緯は不明ながら、語幹が開音節だったか、閉音節だったかの痕跡であろうと考えられるのである。それらに変化語尾のラ行音が膠着して変化活用したものと考えられるのである。後の時代に4〜5段活用動詞は閉音節で語幹が終っていた為に語幹部の子音と直後のラ行音が同化したものと思われる。 |