2014年6月15日日曜日

 
50)記号の使用について  

  
過去のローマ字運動では記号を多用する事を嫌い、排除して来た人達もいました。仮に記号を容認した人達も精々長音に対して関心が向けられただけでした。何が必要な記号かの議論は少なかったと思います。殆んど記号は嫌悪の対象になった様なところもありました。しかし、記号は必要ないところに過不足なく使用する事によって効果的な明瞭な表現が出来るものと考えます。どう言う記号が煩雑であるか、明確であるかは若干主観的な要素が混じるかもしれません。しかし、主観的な見解に基づく議論を通じて検討して行くしかないと思います。記号の多用は確かに煩雑な面がありますが、適度に使う事により明瞭さが増すのであれば抑制して使う事は良いのではないかと考えます。  
 

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