| 自らの書いている文章がどの様な文法的位置付けになっているかに無関心でいる事は、最終的には日本語がどの様な言語なのかと言う事に無関心である事に繋がります。その点ローマ字は文法的位置付けを常に意識せざるを得ないので日本語に対する愛着を向上させる事に貢献する事になります。 従来の仮名漢字混淆書記法が一概に文法意識を阻害している訳ではありませんが、仮名漢字混淆書記法は基本的に漢字が概念の中心を担っており仮名は大和言葉で漢字で書き表せない所を担っていると言う事が役割分担されていると言う事です。そうすると、漢字に注目度は上がりますが仮名は相対的に比重は下がり、概念の重要度を貶める結果となったと思います。大和言葉の役割が益々下がったと言えます。大和言葉が日本語の本体であるにも関わらずです。 |
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