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| (出典Wikipedia) |
| 年 | 人名 | 事跡、書名等 | <
| 明治2年 |
南部義籌(よしかず) | 「修國語論」「文字ヲ改称スルの議」(建白書) |
| 明治7年 |
西周(にしあまね) | 「洋字ヲ以テ國語ヲ書スルノ論」 |
| 明治18年 |
「羅馬字会」設立。 | メンバー/
矢田部良吉、外山正一、山川健次郎、北尾次郎、寺尾寿、松井直吉、隈本有尚等。羅馬字会はローマ字綴りとしてヘボン式ローマ字を採用。 但し、田中館愛橘が、五十音図に基づくローマ字綴り(のちの「日本式ローマ字」)を提案 |
| 明治38年 | 「ローマ字ひろめ会」(RHK) | ローマ字論者の大同団結を図る組織として、綴りは会員各人の自由とされた。しかしその後、会としてヘボン式を採用した。日本式論者は離れた。 |
| 1921年(大正10年) | | 日本式論者は別に「日本ローマ字会」を組織した。 |
| 1913年 | 寺田寅彦 | 『Umi no Buturigaku(海の物理学)』 |
| 1914年 | 日本式論者田丸卓郎 | 『ローマ字国字論』 |
| 1909年 | 「日本のローマ字社」(NRS、)設立 | 機関誌『Rômazi Sekai(ローマ字世界)』 |
| 戦後? | 日本ローマ字会と日本のローマ字社は分かれ | 前者は京都を、後者は東京を本拠とする訓令式ローマ字の推進団体となった | | 1990年代 | 日本ローマ字会の会長に梅棹忠夫、日本のローマ字社の理事長に柴田武が就任。 | 二団体の大同団結が図られ、合同大会が開催されるまでになった。 |
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