| 自然過程論と言う言葉がある訳ではありません。スペルは拙速には決められないから皆で使ってる内に自然と何処かに落ち着くだろうと言う楽観論に対して、私が名付けたものです。官僚主義的に押し付けようとの傾向に反発を表意したものであろうと思います。しかし、皆で使うと言っても趣味の人を募ってお手紙を出し合ったところで、何処かで議論の場がない事には取捨選択の機会がないと考えるのです。「議論して、共有する」と言うプロセスを持たなければ共有資産とはならないのです。従って全国的誌面の発行は避けては通れない事業になると思われます。一つ一つ議論の対象にして合意して行くべきだと思います。 |
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