| ①丁寧の接頭辞「お」=o'N(go-N)②「ん」ngh=n"等 |
■ローマ字運動は一日にして成らず哉也!
■現在開発中ですが、J'Alfabectoのクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。
■抑も(そもそも)日本語をアルファベットで書けないという理屈もないだろう?■不揃いなアジアの先達に学べ!
■従来型の五十音表換字一辺倒のローマ字運動その❶/その❷等には長い間のご活動に感謝致します!■従来型の五十音表を棄て、音便を表記可能な百音表へ転換しましょう!
■方式•流派主義を棄て、総ての人の参加とクロストーク/ブレーンストーミングを通 して。
■ 文字変換不要の親IT的日本語へ‼■J'alefabèctoで新しい時代を切り開こう!■我五百年、千年後の田畑に鍬を入れ、種を蒔かん!■伝統表記も心の片隅に置き乍ら!
2014年10月31日金曜日
2014年10月29日水曜日
| 129)日本語のローマ字書記化と世界の情報との流動性について |
| 日本語をローマ字で書いたからと言って、世界中の情報に安易に通暁出来ると言う事ではないけれど、私は目に見えない浸潤し合う事はあり得ると思っています。特に日本語の表記に於ける閉鎖性を破る効果は計り知れないと思っています。日本語には大量の翻訳語が既にありますが主に漢語に翻訳された事により同音意義語を大量に抱える原因となった事を何処かで切り変える事の需要があり得ると思っています。そこで外来語の音訳をするルールを片側に用意する方法として、カタカナではなくローマ字化したスペルを用意する事は必要だと考えます。 こうして世界の言語が日本語に流入し、日本語が世界に流出し易くなるという塩梅にです。しかし、事はそう簡単ではない筈なので今すべき事は何処をどうルール化するかと言う事です。相手の言語の特徴を捉えてどの様にすれば日本語の中で生きる事が出来るか、又は日本語が外国語の中に生きる事が出来るかとも考慮しておくべきとも考えます。 |
| 128)動詞活用についての或る推察と提案 |
| 動詞には大きく分けて①二段活用系と②五段活用系に分けられます。①二段活用系は語幹が開音節だったものに活用ら行音が膠着したものと考えられます。②五段活用系は語幹が閉音節と想定されるものですがこれに活用ら行音が膠着したものと考えられ、閉音節子音に活用ら行が膠着、同化して成立したと思われます。ら行は流音ですが、閉音節に吸収され易いようです。 以上の推察を元にローマ字のスペルを考えてみたいと思います。①二段活用系ではら行音を膠着させる事で問題はないのですが、② 五段活用系にら行音が膠着、同化したことを(推定乍ら)痕跡的に表すために語尾の子音を重複表記することを提案します。 |
2014年10月27日月曜日
2014年10月26日日曜日
2014年10月19日日曜日
| 123)書記法の見直しと放置 |
| 日本語表記は長い時間を掛けて決められて来たのですが、整理して使い易い様に手直しする事は苦手だった様です。全くやってこなかったのではないでしょうが、主導する権力が不在だったのかも知れません。しかし、現代に於ける仮名漢字混合文が成立する迄には文字は大衆が使うものだと言う欲求がシッカリ働いたのかは疑わしいと思っています。日本は大衆が上昇志向が強く書記を権力者に習い合わせる事が基本だったのではないかと思います。東南アジアの諸国は書記法に付いて大きい改革を行なった国が大変多く、大衆の側に立った改革を行なって来ました。その中でもインドネシア、ベトナムフィリピンの改革には学ぶ点があります。アジアの諸国が採った方法はアルファベットでなくてもどれも表音化した事です。 その点、日本は何故か漢字、漢語にしがみついたのです。表音化は仮名があるから済んだ問題だと言う事なのでしょうか?確かに仮名は便利ですが、世界との交流力には若干欠けると言わざるを得ません。 |
2014年10月18日土曜日
| 122)大和言葉にある同音意義語 =音便 |
| 同音意義語の問題は漢字、漢語だけの責任ではありません。大和言葉にも音便と言う現象があったのですが、これ迄のローマ字運動ではこの現象があっても文の前後関係で分かるとかの理由をこじ付けてマトモに正視してこなかったのではないかと思います。同音意義語の音便を書き分ける方法はどの運動体も手をつけないのであればこちらから提案するしかありませんが、幾つかの複合的な理由で音便と撥音の問題を別個に扱い統合する事にしたいとおもいます。音便は①「い」イ音便②「う」ウ音便③「っ」撥音便④「ん」促音便がありますが、活用する子音に母音の代わりに①y②w③c④gh(")を付加する事を提案し、同音意義語の問題を終止符に近づけたいと思います。促音便のgh(")については別項で説明します。 |
| 121)何故、大量の同音意義語が出来てしまったか? |
| 過去の研究者はあらゆる概念を漢語に言い換えて無法状態で言葉を作り出してしまったのですが、なぜその様な無思慮にそんな事をやって来てしまったのか?これは明らかに漢文、漢語優先主義とも言える日本を覆っていた信仰の様なものでした。今ではそれに代わってカタカナ崇拝となっただけですが、分別的非同音意義語である分マシかもしれない。しかし、大和言葉を排他する点においては変わるところはありませんが。言葉はこの言葉を使え!使うな!という管理は出来ないが同音意義語を整理する位の管理は許されて然るべきと思います。言葉に対する規制ほど愚かしい事はありません。同音意義語が出来ない様に各分野の専門家は注意して当然だったと思います。同音意義語が出来る事に敏感であるべきでした。 |
| ですから、日本語使用者は同音意義語に対して全く警戒していなかった事が判ります。その様な警告を誰かがしていなかったのでしょうか?特に明治以降その様な警戒感を以って日本語を眺めた日本人がいたでしょうか?仮名漢字混合文でダラダラと書いていて何も気が付かなかったのでしょうか? その姿勢のまま戦争を起こして、おめおめと負けたと言うのが頷ける現象だったと言えるのではないでしょうか?私は別に戦争に勝てば良かったと思っている訳ではありません。無謀な思い込みがあったと言うしかないとつくづく思うからです。 |
| 日本語以外にも同音意義語を持つ言語はありましたが、自然淘汰で選択して行った(フランス語等)か、人為的な方法(中国語等)で区別したのです。放置したままと言うのは珍しい事だと思います。 |
2014年10月16日木曜日
2014年10月14日火曜日
| 119)文法意識の衰退が日本語を駄目にする |
| 自らの書いている文章がどの様な文法的位置付けになっているかに無関心でいる事は、最終的には日本語がどの様な言語なのかと言う事に無関心である事に繋がります。その点ローマ字は文法的位置付けを常に意識せざるを得ないので日本語に対する愛着を向上させる事に貢献する事になります。 従来の仮名漢字混淆書記法が一概に文法意識を阻害している訳ではありませんが、仮名漢字混淆書記法は基本的に漢字が概念の中心を担っており仮名は大和言葉で漢字で書き表せない所を担っていると言う事が役割分担されていると言う事です。そうすると、漢字に注目度は上がりますが仮名は相対的に比重は下がり、概念の重要度を貶める結果となったと思います。大和言葉の役割が益々下がったと言えます。大和言葉が日本語の本体であるにも関わらずです。 |
2014年10月11日土曜日
| 116)音便の書き方について |
| これ迄のローマ字表記では音便が登場しても、そのまま母音等で書いていたので、同音語を増やす事になったり元の子音が何であったか不明になって何の音便か不明になっていました。音便の書き方に手を付けられないのはローマ字表記にとっては致命的です。只母音で書いただけでは問題を増やしただけになるのです。しかし、工夫次第で音便を正確に元の子音を残したまま音便の読み方に出来ます。音便は「い列」「う列」に現れる事が殆んどなので、「i」▶「y」「u」▶「w」の組み合わせで変換する事を提案します。「y」「w」が子音の後に付いたらそのまま子音飛ばして「い」「う」と読むと言う規則を作ります。もし、子音が残る事が慣用化して煩雑に感じて来た場合は元の子音を省略して「y」「w」だけにしても良いと思います。 【例】①「読む」yommu▶「読んだ」yommghda、「呼ぶ」yobbu▶「呼んだ」yobbghda②「書く」kakku▶「書いた」kakkyt'a「掻く」▶「掻いた」/…… |
2014年10月10日金曜日
| 114)世界の日本語離れを憂う! |
| 今私が憂いているのは日本語の魅力の衰退についてです。日本語の現在の姿は外国人の一部には好奇心を持って学ばれていますが、このまま放置して置く事は良い結果を生まないだろうと思っています。放置して置くと日本語の元々持っている表記法のハードルの高さが日本語の更なる拡張に障害することになるだろうと言うことです。日本人自身が日本語学習に長期間費やし、義務教育が終わっても未だ知らない単語や漢字はざらに出くわします。現在日本語に親しんでいる外国人はあらゆる意味で日本人がボランティア的になハードルを低くしてのサービスを受けている可能性があります。私の数少ない外国人の知人達も日本語の表記は殆んど最初からギブアップしているらしいのです。殆んど諦めて、或る程度迄は即ち仮名だけ教養として学ぶ程度です。漢字迄進む外国人がいる場合でも、学問として専攻している場合に限ります。ですから、日本語の世界的な拡散などハードルが今のままでは高過ぎると言わざるを得ません。又日本人が大和言葉を等閑に学習して来た結果が外国人に大和言葉を正確に教えられる環境を作られないと言う事も立ちはだかっています。このままでは、世界の日本語離れは益々進行するでしょう。何らかの下支えをしなければ、日本語は何れ見放され、存続の危険も視野に入って来ても可笑しい事ではありません。下支えの為には表記を学び易く表音化する事が近道である事は言う迄もありません。その為には私はローマ字を推す者ですが、受け容れられなければ、仮名文字でも選択肢の一つと思っています。 |
2014年10月8日水曜日
2014年10月6日月曜日
| 112)動詞活用についての或る推察とそれに基く提案 |
| 動詞活用には大きく分けて四~五段活用と二段活用の二種類に分けられます。どうしてそうなったのかの事情について知る機会はこれ迄ありませんでしたが、推察として①四~五段活用の語幹は古代には子音で終わっていた筈と考えています。語幹語尾子音に東北アジア系ら行の活用語尾が付いた後、語幹の子音とら行の活用が同化したと考えています。恐らく日本語として成立する以前に起こった現象だと思います。日本語古典の資料を探しても出て来ないだろうからです。②二段活用の場合は語幹が母音で終わっていたので活用のら行は同化する事なく残ったのではないかと考えています。そこでこの推察がどうローマ字に反映するのかと言うと、①四~五段活用活用部分の最後の子音を二つ重ねて同化の擬似的痕跡を再現すると言う提案を行ないます。こうする事によって二段活用との近似音と差をつける事が出来ます。子音の重ね書きが指標となって四~五段活用を見分けるのです。 【例】①「食べる」②「書く」/…… |
2014年10月4日土曜日
| 111)文構成の緩急について |
| 仮名漢字混合文では漢字が文章の緩急の注目点に役にたっていたと思いますが、J'lfhabecteにおいては活用語と非活用語とのコントラストが注目点の役に立つのではないかと思います。ローマ字は日本人にとって平板に見える可能性があります。仮名漢字混合文で漢字が果たしていた役割は先行的な拾い読みと言う作業をしていたかもしれないのです。拾い読みは目に取って、意味を固定する作業をし易い構造を持っていた可能性があります。英語などのローマ字は或る程度スッカリ読み込まないと意味を繋ぐ事が日本人にとって難しいものでした。緩急のある構造は読み易さに繋がります。私の提案するJ'alfhabecteではその緩急と言うものを活用語の特徴がある事によって援護する事が出来ると思っています。 |