「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字

現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!

2015年11月21日土曜日

 
229)方言も含めた全ての表現も古典語の表記から。

 
日本語の標準語を含めた諸方言は古典語から発展したものと理解していますので、古典語をローマ字で書ける事は当然の事としなければなりません。古典語が変形した結果、現代の方言や、古典語から現代語に到る迄の経過的表記も書き表す事が出来るものと考えています。又現行の表記方法は大和言葉が仮名表記とされて、まるで正規の書き方ではないかの如く扱われているのです。今や漢字にばかり光が当てられる時代です。漢字即ち漢語が常に表舞台に居ると云うのは日本語の骨骼である大和言葉が蔑ろにされている事ではないのでしょうかと思わざるを得ません。本来の大和言葉を正当に扱わなければ日本語の崩壊に繋がると思います。

2015年11月19日木曜日

228)「様」由来の「~そう」

現代人は語源をもはや知らない事かも知れないが、口語の行動予測描写「~そう」は「様(さま)」が由来ですが「sama→Samw→somw」としたいと思っています。

2015年11月13日金曜日

 
227)輸入語彙の原産国語スペルとの落差は解消出来るか?

  
同じローマ字を使いながら読み方は各言語によって大きく違うので、基本的には原産国語のスペルのままで自国流の習慣的発音で行なう事が実際になるだろうと思います。「water」を英語ではウォーター、フランス語ではワーテルと云う様にです。日本語の場合に適応させるとすれば日本語として馴染んでいる場合には、スペルを日本語風に改める事を勧めます。即ち「の様にです。
 

2015年11月11日水曜日

226)動詞連用形中止法「て」の不確定な用法

動詞連用形中止法「て」に続く「ない」等は動詞の何を受けているのかの用法は未だに確定していないが、これは「て」が時間経過を考慮するかしないかの意識の差を反映したものと思える。即ち、「て」が前後の動詞或いは動詞と助動詞を分断しているかは文章の上からは不明だと云う事なのです。「て」の前項を否定する場合に一旦時間を挿んでいる為否定の意識が働き難いからだと思われます。中止法の用法が未熟と言うしかありません。中止法は否定的用法と共に発達したのではないので日本語のそう云う現状と特質を踏まえて複数の用法があっても意識を反映出来る表記法を提供したいと思います。/……

 
225)日本語の規則性

 
日本語の規則性は動詞活用に限らない。形容詞副詞グループ、形容動詞グループも動詞活用との境界を失う程に規則性が見られます。規則性ない言語に接すると違和感を持つ事もある位です。但し日本語の前史においては形容詞は独立しておらず、名詞との境界はほぼないに等しかったと思われます。日本語の成立過程で膠着性が何らかの刺激を受けて発達するに従って規則性が整って来たのであろうと思います。規則性自体は膠着言語的に発達した事なので、特殊な現象ではありませんが、日本語の活用が規則的であるからと言って、付属語が多くありそれらが複雑に膠着しあって複雑さを増しているのです。/……

2015年11月9日月曜日

224)動詞活用の現れ方

 
日本語の動詞はほぼ安定して形が決まっているので、判別そのものに苦労はないのですが、特徴は語尾に現れ、語幹に「る」又は「う段」が膠着するのだが、何故そうなのかの理由は聞いた事がありません。恐らく研究者が最も避けたがっている分野だからでしょう。有史資料では資料的な限界で辿れ無いからと云うのが、言い訳の中心になっているからなのだろうと思います。この言語学界にこの言語学の分野にタブーなどあるのでしょうか?動詞の指標は確かに「ラ行段とう段」なのであろうが、中世から続く書記法の故に、日本語の中の子音を単独に取り出す作業が出来ないのです。語幹は開音節の場合そのまま新しい音節をこう着する事で良かったのですが、語幹が閉音説の可能性もあったのだろうと想定出来る証拠も幾つかあり、閉音説の語を表記する技術を失なってしまったために閉音説の子音と膠着音の母音が接続した時に書記法を失ったのであろうと想定されます。又、語幹が閉音節で終り、そこに「ラ行音」が膠着する時開音節に接続するならわかりやすいのですが語幹が閉音節にの場合は子音が続く事を嫌ってラ行の「r」が先行子音に同化してしまう現象が起きたと観るべきではないでしょうか?
日本語をローマ字で書こうとする時に、この様な要素も隠れている事を意識して整理して行きたいと思います。
 

2015年11月3日火曜日

223)論争と融合、問題点発見、工夫、アイディア

  
これ迄ローマ字運動と云うと、訓令式などの日本式とヘボン式の論争があったが全く論争らしき事もせず、別々の道を歩いて来ました。しかし、論争は無きに等しく、お互いの五十音表をご本尊に護るだけでした。日本では論争が実りをもたらす土壌はないのでしょうか?私なら日本式、訓令式+ヘボン式÷2、「融合式」を工夫次第で提出出来るのです。
我々は仮名をローマ字なおすだけの事で満足しては全く不十分だと云うことに気がつかなければならなかったのです。難しい事を言ってる訳ではありません。日本語の特質を十分反映させて記述しなければ日本語を書いている意味がありません。