※ここでは英語風の読み方は日本語の性格に合うかどうかを検討しておく必要があると考えます。何故なら、英語の文字呼称は出自は大陸ヨーロッパ的発音と思われますが、母音推移の影響を等しく受けている為、我々にとって癖が強く、他の単語にも連動していて、読み方に日本語の中での一貫性を失うからです。寧ろ他の大陸ヨーロッパ諸語やドイツ語読みに近い方が日本語の中での読み方に相応しいので参考にすべきであろうと思います。
| ①字母 | ②呼称(提案) | ③音価(一部提案) | ④解説、備考 |
| ①A | ② a: | ③-a | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①B | ②be: | ③b- | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①C | ②tsu: tsche: | ③促音 | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。これ自体の音価は一つではなく、主に促音を表す時に使用します。音便の時は更に「H」を加える。音便ではない促音は単独の「C」とする。外来語はそのまま踏襲する。外来語の「C」の読み方は促音として読んでも良い、又は原語に近く日本語として読める音に合意される事が望ましい。ヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①D | ②de: | ③d- | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①E | ②e: | ③-e | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①F | ②fu: fe: | ③f- | ④外来語に使用。閉鎖音節を避けて、子音母音を入れ替え開音節にします。 |
| ①G | ②ge: | ③g- | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。GとHで撥音「ん」を表す。煩雑で省略する場合は["]を使用します。 【例】ngh→n",mgh→m",bgh→b"etc. |
| ①H | ②ha: | ③黙字、長音 | ④閉鎖音節を避けて、開音節にします。英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。サイレンス(黙字)にします。乃至は必要に応じて「h」の前に「w」「b」「p」を冠する。助辞「は」→「wha」連濁「bh-」連半濁「ph-」 |
| ①I | ②i: | ③i | ④英語的発音を除く。二重母音にはしません。 |
| ①J | ②ju:[dzyu:] | ③dzj | ④英語的発音を避けます。 |
| ①K | ②ka: | ③k | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①L | ②lu: | ③l | ④閉鎖音を止め、開音節にする。英語的発音を除く。外来語に使用 |
| ①M | ②me: mu: | ③m | ④閉鎖音を止め、開音節にする。英語的発音を除きます。 |
| ①N | ②nu: ne: | ③n | ④閉鎖音を止め、開音節にする。英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①O | ②o: | ③o | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①P | ②pe: | ③p | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①Q | ②ku: | ③k | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。旧仮名遣い由来語に使用。 |
| ①R | ②ru: re: | ③r | ④閉音節を止め、開音節にします。 |
| ①S | ②su:se: | ③s | >④閉音節を止め、開音節にします。 |
| ①T | ②te: | ③t | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| ①U | ②u: | ③u | ④英語発音を止めます。 |
| ①V | ②ve:vuy | ③v | ④外来語に使用 |
| ①W | ②we: | ③u | ④英語発音を止める。 |
| ①X | ②kusu: khe: | ③x | ④英語的にしません。①外来語に使用②は行口蓋音に使用。強めの「H」【例】①バッハ「bacxa」②上海「schan"xay」等。 |
| ①Y | ②yu: | ③i | ④英語発音を止める。 |
| ①Z | ②ze: | ③z | ④英語を除くヨーロッパ諸語に準じます。 |
| 日本では簡素、簡便な事より、複雑な方がグレードが高いと言う意識があるのでしょうか?そんな事はない筈なんだけど、積極的にシンプライズする意識は薄いように思えます。日本の特殊性を誇張する方を選択しがちな場面に会う事はしばしばです。欧米文化と言うのは白人の文化と言うよりも、民族間交流文化だった言うべきでしょう。特にヨーロッパ各地からアメリカに大挙して押し寄せた人の波が大衆レベルでの合理主義の文化を決定的にしたのでしょう。そう言う気運がシンプライズの文化を押し出して行ったのです。極めて意識的な運動に昇華した上で。この文化レベルを理解しなければ日本の未来は見通しが利かないでしょう。アメリカのコンピューター文化は表記のシンプライズされた事が遠因だったとしても、英語文化の支配の結果だったとしても総ては合理主義が育ったと総括すべき事のように思えます。
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| 品詞と言う用語は研究者の主観によって決められたに過ぎない概念でしかありません。従って、品詞を決めると言う事は主観の産物であると言う事ですから、それを保留して、代わりに語素と言う概念で品詞を決め兼ねる状況に終止符を打ちたいと思います。以後品詞と言う用語は使わないと言う事です。私が守れるなら。ローマ字の書き方だけを決めるだけにしたいのです。「語素」又は「意味素」と言った方が近いかも知れません。又動詞の活用に已然形仮定形と言うのがありますが、これも条件形と言った方が実体に合っていると思います。
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| もしも、織田信長の世に自分が生きていたら、伯耆の国から駆け上り進言しただろう事があります。この人だったら話が解る筈の事です。それは西方に海を越えて見聞の旅に出ていたでしょう。一度地中海に入ればこの人物の器量からして世界の見方が一新しただろう事は想像に難くありません。この人物は政策の組み立ての勘の卓越性もさることながら、政策の有機的結合にこそ卓越性を見出せるものです。一つの政策が単独に成立しているものではなく、他の政策と関連を持ち乍ら有効性を発揮すると言う事に気付いていた政治家であったと言えると思います。但し斬新さは先鋭さ故に周囲に決して理解されないのだろうとツクヅク思います。
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| 149)ローマ字運動のスタートの頃から躓いてい たのではないだろうか? |
| 明治維新の際に表記法について革新的な提案もされたが、実際にはなし崩しになったも同然でした。実際に日本語をどう表記するかの具体例を提示するには余りにもお粗末でした。単なる仮名の五十音表をローマ字に置き換えて事足りる問題では無い事を気がつかずにいた事が実態ではなかったでしょうか。未だ、標準語が未確定の頃だった事は止むを得ないとしても、日本語を解析する術も持たなかったのでしょうか?或いは解析の努力を怠った一言に尽きるといえるでしょう。日本語の実態を把握してローマ字化の提案をすべきだったのではないでしょうか?ローマ字運動を担ったのは物理学者を始めとした知識人でしたので、それ程無理な手続きではなかった筈なのですが、日本語の特質を理解しないままの手抜きした運動であった言うしかありません。
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| 言語は元々流動性があります。使われなく部分と新たに発生参入する部分とが同時進行でドンドン変化して行きます。その流動性を潤滑に行うことが社会の発展に寄与すると確信しますが、従来のままのカナモジ漢字混淆書記法にしがみつく論者は何を守っているのかをハッキリさせなければ五分の議論は出来ませんが、大概そのような保守的な論者はローマ字論者に対して感情的な反論しかしていないのではないかと思い、暫く保守派の議論がどんな物であるのかを勉強する為にブログの更新が不活発になるかも知れません。同時にローマ字論者の方にも欠陥がある筈なので上記の流動性に対して十分回答が出来ているのかを検証します。
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接続 | 意味 | 活用形 | ー | 型 |
| ー | 受動、 可能、 等 | 基本 | ①未然形 | ②連用形 | ③終止形 | ④連体形 | ⑤已然形 | ⑥命令形 | ⑦ | ⑧ |
| ー | | | ①れ | ②れ | ③れる | ④れる | ⑤れれ | ⑥れろ れよ | ⑦⑧動詞(下一)型 |
| ー | | | ①-re(nay) | ②-re- | ③-reru. | ④-reru | ⑤-rere(ba) | ⑥-rero! -reyo! | ⑦⑧ |
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接続 | 意味 | 活用形 | ー | 型 |
| ー | 使役 | 基本 | ①未然形 | ②連用形 | ③終止形 | ④連体形 | ⑤已然形 | ⑥命令形 | ⑦ | ⑧ |
| ー | | | ①せ | ②せ | ③せる | ④せる | ⑤せれ | ⑥せよ せろ | ⑦⑧動詞(下一)型 |
| ー | | | ①-se (nay) | ②-se | ③-seru. | ④-seru | ⑤-sere | ⑥-seyo!,-sero! | ⑦⑧ |
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接続 | 意味 | 活用形 | ー | 型 |
| ー | 打消 | 基本 | ①未然形 | ②連用形 | ③終止形 | ④連体形 | ⑤已然形 | ⑥命令形 | ⑦ | ⑧ |
| ー | | | ①なかろう | ②なかっ なく | ③ない | ④ない | ⑤なけれ | ⑥ー | ⑦⑧ |
| ー | | | ①nakaro(mw) | ②nakarch naku | ③nay. | ④nay | ⑤nakere(ba) | ⑥ー | ⑦⑧ |
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接続 | 意味 | 活用形 | ー | 型 |
| ー | | 基本 | ①未然形 | ②連用形 | ③終止形 | ④連体形 | ⑤已然形 | ⑥命令形 | ⑦ | ⑧ |
| ー | | | ①ー | ②ー | ③ー | ④ー | ⑤ー | ⑥ー | ⑦⑧ |
| ー | | | ①ー | ②ー | ③ー | ④ー | ⑤ー | ⑥ー | ⑦⑧ |
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接続 | 意味 | 活用形 | ー | 型 |
| ー | | 基本 | ①未然形 | ②連用形 | ③終止形 | ④連体形 | ⑤已然形 | ⑥命令形 | ⑦ | ⑧ |
| ー | | | ①ー | ②ー | ③ー | ④ー | ⑤ー | ⑥ー | ⑦⑧ |
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文字は①意思疎通の為②自己表現の為③社会的ルールを表示する為④知識を得る為、学ぶ為等、人の営為には必須の道具である事は誰でも理解出来る事です。そしてどの国どの民族でも多くの人が関われる様にハードルを下げる方向に考えています。ところが日本と言うのは全くそれを矛盾に感じる事なく、そこから抜け出そうとする気配すらありません。大変愚かしい現状です。日本では明治維新の少し前から表記方法特に漢字に対して疑問を呈していた知識人は何人かいたのですが、社会制度の旧制の為に改革に至りませんでした。その後は一部の知識人がローマ字運動を引き継いだのですが、その内容がローマ字で五十音表を作ってその方式を筵旗として振っているだけの脇の甘い運動を繰り返しているだけでしたので、実際にローマ字で表現する為には実用に不向きと言うしかなく、ローマ字運動自体の衰退を招いたのです。 【先人達】田丸卓郎、田中館愛橘、萩原朔太郎
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| 日本人は何故、表記にハードルをあげっぱなしにしておくのだろうか?文法的自覚も杜撰です。細かい事の様に思われるかも知れないが、日本が世界に対して開かれていない証拠です。何と閉鎖的なんだろう!国家的な衰退期に入っていると言うのに、諸外国から移民を受け入れたり、日本人子弟の教育の機会の質向上の為にも必要な手段だと考えています。日本語をローマ字で書く事が出来る様にしておく事は国家のレベルでは国力の問題です。日本の国家は既に少子高齢化時代に入っています。と言う事は間違いなく国力の衰退期に入っているのですから、テコ入れをする機会をこの期に及んで見逃す事は愚かと言うしかありません。兎に角ハードルを下げて負担を軽くしておくべきです。
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| 四~五段活用の活用部分を子音を重ねると言う案には異論があるだろう事は承知しています。しかし、大胆なアイディアで同音異義語の現状を差当たり認め、区別する方法がなければ、混乱の方が問題と認識します。どうしても区別出来ない時には、中国語、韓国語に範を得る事すら考えています。又、未使用の字母(Q、V、L等)も残っていますのでそれらを参加させる事も考えています。但し、その場合に理由が説明出来る様にしたいと考えています。
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どの様に小さな偏見でさえ、無知の前を通り過ぎる事は難しい課題です。小さな偏見も侮れば無知によって増殖し何れ粗暴に育ちます。人が出来る事は無知を羞恥し、無知を回避し、自らの足元に知を築き、知の砦を築く必要があります。但し一度築いた知の城に安住すればたちどころに足元から朽ち始めます。偏見は癌の様に転移し、増殖します。これに勝つには知の闘いを怠る事は出来ません。知は常に更新を余儀無くされますが、知の宿命で古い知を常に洗い直してクリーニングしておかなければなりません。 |
助詞が複数連なる場合は、連続させない事とします。理由は助詞の各々は独自の意味を持っており、分けて書かなければ意味を維持出来ないと考えるからです。他のローマ字運動の流派では連続で書く事を合理的であると判断されているところもありますが、却って意味が採り難い原因になると考えます。連続して書いた時新たな意味を獲得した場合にのみ初めて連続書きの意味が生じると考えます。【例】①「に」+「は」=ni wha②「に」+「も」=ni mo
主な助詞(抜粋)
| が | ga | | | の | no | | | を | wo | ワ行の「を」を表記し、「ウォ」とはならない。 | | に | ni | | | へ | he | ハ行は「は」を除いて「H」はサイレントとなる。 | | から | kara | | | より | yori | | | で | de(ni te) | | | の | no | | | に | ni | | | と | to | | | や | ya | | | か | ka | | | は | wha | | | まで | made | | | だけ | dake | | | ほど | hodo | | | て | te | |
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二段活用は語幹が開音節であったものに、ラ行が膠着して活用したと想定します。語幹が下二段、上二段に集中している事の理由は不明ですが、ラ行活用の前史に起こった現象を証する資料は日本には見つからないと思われます。
| 得る、(答える、応える) | 動詞 | 下二段活用(ア行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| e(nay)eyomw | e,e(te) | eru(uru)(yo). | eru(uru) | ere(ba), | ero!4(eyo!) |
| 掛ける、(欠ける、架ける、賭ける、翔る、懸ける、駆ける) | 動詞 | 二段活用(カ行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| kakke(nay)kakeyomw | kake,kake(te) | kakeru(yo). | kakeru | kakere(ba) | kakero! |
| 射る、(居る、鋳る) | 動詞 | 上二段活用(ア行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| i(nay) iyomw | i,i(te) . | iru(yo). | iru | ire(ba) | iyo! iro! |
| 着る | 動詞 | 二段活用(行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| ki(nay)kiyomw | ki,ki(te). | kiru(yo). | kiru | kire(ba) | kiyo!kiro! |
| 耐える、(堪える、絶える) | 動詞 | 二段活用(ハ行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| tahe(nay)taheyomw | tahe,tahe(te) tahe | taheru(yo). | taheru | tahere(ba) | taheyo!there! |
| 貯める、(溜める) | 動詞 | 二段活用(マ行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| tame(nay)tameyomw | tame,tame(te) tame | tameru(yo). | tameru | tamere(ba) | tamero!tameyo! |
| 食べる、(立てる、建てる、避ける、割ける)、 | 動詞 | 二段活用(バ行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| tabe(nay)tabeyomw | tabe, tabe(te). | taberu(yo). | taberu | tabere(ba) | tabero!tabeyo! |
| 出る、(経る、述べる) | 動詞 | 二段活用(ラ行) | |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| mi(nay)miyomw | mi,mi(te). | miru. | miru | mire(ba) | miro!miyo! |
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四段(現代語)、五段(古典語)の於ける活用は、証明はできませんが、語幹が閉鎖音節だったと考えられます。閉鎖音節で終了したものにラ行が膠着して活用したと考えられますので、更にラ行子音「r」が語幹の子音に同化したと考えられます。従って、同化した痕跡を表す様に見せる為に語幹の閉鎖音を二重に書く事を提案します。
| 項目 | 動詞 | 四、五段活用(サ行) | 指す、刺す、起差す、射す、貸す、科す、課す |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| kassa(nay) | kasschi kasschi(te) | kassu(yo). | kassu | kasse(ba), | kasse! |
| 項目 | 動詞 | 四、五段活用(タ行) | 立つ、経つ、起つ、建つ、断つ、発つ |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| tatta(nay) | tattji tattchte | tatthu(yo). | tatthu | tatte(ba), | tatte! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(カ行) | 書く、掻く、欠く |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| kakka(nay) | kakki kakkyte. | kakku(yo). | kakku | kakke(ba) | kakke! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(サ行) | 足す |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| tassabgg bxg(nay) | tassi tassite. | tassu(yo). | tassu | tasse(ba) | tasse! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(ナ行) | 死ぬ |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| schinna(nay) | schinni schinnghde. | schinnu(yo). | schinnu | schinne(ba) | schinne! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(ハ行) | 適う、適う |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| kanawhha(nay) | kanahhy kanahhi | kanahhu(yo). | kanahhu | kanahhe(ba) | kanahhe! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(マ行) | 読む、詠む |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| yomma(nay) | yomm(") yommghde | yommu(yo). | yommu | yomme(ba) | yomme! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(バ行) | 呼ぶ |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| yobba(nay) | yobbi yobbgh(")de. | yobbu(yo). | yobbu | yobbe(ba) | yobbe! |
| 項目 | 動詞 | 四五段活用(ラ行) | 遣る、演る、飲る、殺る、犯る |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 (仮定形) | 命令形 |
| yarra(nay) | yarri yarrchte. | yarruy/arrgh(")(yo). | yarru | yarre(ba) | yarre! |
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七井のJ'alfabetjicaの特徴はこれ迄のローマ字運動が全く手を付けられなかった音便の書き分けをアイディアを以って解決出来る様になっている点です。それも誰でも覚えやすくピンと来る方法で。これによって大和言葉の中での同音意義語が書き分けられる様になりました。【例】「読んで(詠んで)」「呼んで」またもう一つ、これ迄、促音(小さい「っ」)は子音を重ねて書く習慣となっていましたが、これでは「あっ」のような単独の促音を書く規則がなかったのですが、これもアイディアを出しまして「C」をその用に使う事にした点も特徴の一つです。後、日本語にはアルファベットには書き写せない障害が幾つかありますので、【例】「ん」は現代日本語の場合決して閉音節ではなく後に母音が来る事が可能。古典語では子音連続が多い。こういう事を細部に亘り規則を設けて解決方法を考えております。 尚、このJ'alfabetjica開発は日本の国家に資すると言う発想はなく、寧ろ日本語話者乃至その可能性を持った者を対象に考えています。目的が帰化者の便宜を優先に考えているためです。また、将来の日本語学習の負担軽減にも資したいと考えています。 但し日本はこの様な表記の問題一つとっても国の施策として何かを行った事は全くありませんでしたので目に見えない隠れたコストが膨大にかかっていた事すら感じる事が出来ませんでした。今後はコストの問題に気がつく決定権者が出てくれば低コストな日本語書記に向かう事になるでしょうが、コスト計算は下から積み上げて行くのではなく効果が現れた業務単位で総論的に行なえば良いのです。コスト計算にコストをかけるべきではないのです。有効に働いた部分だけに着目するだけで良いのです。 |
過去の五十音表と違う点は見た通り音便の列を加えた所にあります。音便は行の子音が消える現象の為、音価は母音だけとなる為、過去の五十音表になかった事になります。消える音の為に何故列を作るのでしょうか?日本語では動詞等の活用の中に音便が表れるので同音意義語が和語=大和言葉の中に出現する場合が出て来ます。発音しない子音ではあるけれど子音を黙字として残す方法を持っていた方が、判別の為に役に立つだろうと思っての判断です。 今後下表を埋めて完成させて行き、整合性の不足がないかを検証して行きたいと思います。
行列 | 1)あ列 | 2)い列 | 3)う列 | 4)え列 | 5)お列 | 6)促音便列 (小さい「っ」) | 7)撥音便列 (「ん」) | 8)い音便列発音 | 9)う音便列 | 10)子音列 |
| あ行 | 1)a | 2)i | 3)u | 4)e | 5)o | 6)c | 7)(子音)+gh=(子音)" ("は省略記号) | 8)子音 +y[発音] | 9)子音 +w[発音] | 10) |
| 2)か行 | 1)ka | 2)ki | 3)ku | 4)ké | 5)ko | 6)kc | 7)kgh=k" | 8)ky[i] | 9kw[u] | 10) | kk
| 3)さ行 | 1)sa | 2)schi | 3)su | 4)sé | 5)so | 6)sc | 7)sgh(s") | 8)sy[i] | 9)sw[u] | <10)ss | tr>
4)た行 | 1)ta | 2)tchi | 3)thu | 4)té | 5)to | 6)tc | 7)tgh=t" | 8)ty[i] | 9)tw | 10)tt |
| 5)な行 | 1)na | 2)ni | 3)nu | 4)né | 5)no | 6)ー | 7)ngh(n") | 8)ny[i][i] | 9)nw[u] | 10)nn |
| 6)は列①を除いて黙字 | 1)ha | 2)hi | 3)hu | 4)hé | 5)ho | 6)hc | 7)hgh(h") | 8)hy[i] | 9)hw[u] | 10)hh |
| 7)ば行(連濁) | 1)bha | 2)bhi | 3)bhu | 4)bhé | 5)bho | 6)bhc | 7)bhgh(bh") | 8bhy[i] | 9)bhw[u] | 10)bb |
| 8)ば行 | 1)ba | 2)bi | 3)bu | 4)bé/td> | 5)bo | 6)bc | 7)bgh(b") | 8)by[i] | 10)bw[u] | bb |
| 1)ば行 | 2)ba | 2)bi | 3)bu | 4)bé/td> | 5)bo | 6)bc | 7)bgh(b") | 8)by[i] | 9)bw[u] | 10)bb |
| 10)ぱ行(連半濁) | 1)pha | 2)phi | 3)phu | )phé | 5)pho | 6)phc | 7)phgh(ph") | 8)phy[i] | 9)phw[u] | 10)pp |
| 10)ぱ行( | 1)pa | 2)pi | 3)pu | 4)pé | 5)po | 6)pc | 7)pgh(ph") | 8)py[i] | 9)phw[u] | 10)pp |
| 11)ふぁ行 | 1)fa | 2)fi | 3)fu | 4)fé | 5)fo | 6)fc | 7)fgh(f") | 8)fy[i] | 9)fw[u] | 10)ff |
| 12)は-わ(wha)行 | }1)wha | 2)vhi | 3)vhu | 4)vhé | 5)who | 6)vhch | 7)vhgh(wh") | 8)ー | 9)ー | 10)vv=w |
| 14)は(silent)行 | ①ー | ②hi[i] | ③hu[u] | ④hé[é] | ⑤ho[o] | ⑥hch | ⑦hgh=h" | ⑧hy[i] | ⑨hw[u] |
15)強口蓋音 は行 | ①xa | ②xi | ③xu | ④xé | ⑤xo | ⑥xch | ⑦xgh(xh") | ⑧xy[i] | ⑨xw[u] |
| 16)ま行 | ①ma | ②mi | ③mu | ④mé | 5mo | ⑥ー | ⑦my[i] | ⑧mw[u] | ⑨ー |
17)や行 ①を除いて黙字 | ①ya | ②yi | ③yu | ④yé | ⑤yo | ⑥yc | ⑦ygh(y") | ⑧ー[i] | ⑨ー |
| 18)ら行 | ①ra | ②ri | ③ru | ④ré | ⑤ro | ⑥rch | ⑦rgh(r") | ⑧ry[i] | ⑨rw[u] |
19)わ行 ①を除いて黙字 | ①va | ②vi | ③wu | ④vé | ⑤vo | ⑥vc | ⑦vgh(v") | ⑧vy | ⑨ー |
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| 137) 訂正/「有る」を含む形容動詞活用「な」、完了活用語尾「た」等の「n'ar」「t'ar」を撤回して「n'a」「t'a」等とします。 |
「n'ar」「t'ar」等の閉音節「r」は歴史的な経緯が無いので取り消し、「n'a」「t'a」とします。根拠のある外国語由来の語は子音が残る事もありますが、(例/パリ=Paris)日本語に抑も子音が無い以上閉音節は表示しません。但し、敢えて子音で表現の必要がある場合は例外とします。(【例】五段活用動詞の活用部分の子音を重ねて表記する事、「お早っす!=O'hayocs!」「おっす!=Ocss!
」) 尚、「r」が活用すれば改めて「r」を付けて表示をします。【例】「~n'ara-ba」「~k'aro-mw」「~t'ara-ba」「~d'aro-mw」
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本動詞+助動詞+助動詞などと並ぶとそのまま繋ぐ方もいると思いますが、繋ぎはハイフンがあった方が理解が寧ろ早いと思います。何故なら日本語は終盤の叙述部分に込み入ったニュアンスが集中する傾向があるからです。 【例】「食べさせられた」=「食べ」+「させら」+「れた」=tabe-sasera-ret'a |
英語が日本語に流入、定着するスピードは予想以上に速過ぎます。各業界が連携を採らずに英語の導入を行なうからです。語源が英語と言うだけで、定着の為のルールは全くありません。導入した個人の好みに大きく依存しているのが現状です。しかし、言葉は同一の出自を持ち乍ら再び別の意味、発音で再会することもあり得ます。この時、別の言語ではなく、当該の言葉をほぼ同一の意味、発音で捉えているのなら逆に不便なものになってしまいます。 そこで英語+借入の多い主要言語の借入ルール或いは換字ルールを決めておく必要があると思います。 【例】❶一字が二重母音にする為に中折れバーで表してみます。山形でも谷形でも良いのですが。①「A(ei)」=Ââ、②「I(ai)」=Îî、③「U(ju:)」=Ûû、 ④「E(i:)」=Êê、⑤「O(ou,o:)」❷二字で二重母音に二字其々にバーを付けて連続音である事を表す。①「EE(I:)」=ĒĒ②「OO(u:)」=ŌŌ③「」④「ÂY」⑤「OW」 英語の流入速度と言いましたがそれを計る機器などありません。勿論私の直感的な受け止め方です。日本人は学校教育で早くから英語に接しており、会話能力はイマイチ乍ら多少の知識を持って社会に出ているので、生半可な英語知識を持って社会生活を送っている事は異論の無いところだと思います。その程度の英語知識を持って時々英語由来の言葉を織り込み乍ら日本語を使用している訳です。そう言う意味では英語は不十分乍ら浸透していると言えます。その様な環境で英語は境界(堰)無く流入しているので、穴の幾つも開いたボートの如しです。その様な意味で流入速度は早いと言っているのです。/……
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①先ず例えばドイツ語では名詞の頭文字は大文字にする習慣を持っていますが、そのルールを日本語に当てはめる事が出来るでしょうか。悪くないアイディアと思いますが一つ障害があります。それは形容動詞と言う議論の多い現象がある事です。形容動詞の存在を認めなければ、形容動詞語幹は殆んど名詞と言って良いですから、名詞の後に活用語尾があろうと無かろうと名詞と解釈して大文字を使う事は良いと思いますが、矢張り違和感を覚えます。ですから、名詞の頭文字を大文字とするアイディアは違和感が残ると言えます。ハッキリ名詞と形容動詞の境界があれば楽ですが、難しいと思います。 【一例】❶名詞/「お前は馬鹿か!」「馬鹿も休み休み言えッ!」❷形容動詞/「馬鹿にするな!」「ネジがバカになっちゃったなあ!」「呆れた奴だ!バカだな!」等
②文章の書き出しは大文字を使用すると言う欧米の習慣はそのまま採用したいと思います。 ③注目すべき重要な名詞の頭文字は大文字とする事を採用したいと思います。 | | ④小文字は通常の文章を書く時に主に使用しますが、文頭に大文字を使用しないという個性があっても良いかと思いますし、逆に大文字を適に使用する個性があっても良い筈です。 |
| 従来の仮名文字漢字混淆書記法では全く関心を持たれなかった概念が分かち書きと言うものでした。日本語は単一の単語であろうと行変えする時には無神経に単語の途中で切り取って行変えをしていました。一例として英語の単語は分節法が決められており、行変えは単語の何処で区切っても良いのではなく、辞書の見出し語に記載してある通り決められた処で行変えする事になっています。日本語をローマ字で書く場合でも分節法を決めておかなければ読み難くなる事が予想されます。ですから、度々言いますが、ローマ字表記には五十音表を決めただけでは不十分であると言う事なのです。ローマ字表記の辞書はどうしても必要です。スペルを確定すると同時に分節法の確定も必要である事も理解するべきなのです。 | | 日本語に於ける分節法は基本的には開音節の次と言う事になりますが、一部スペルに不規則な部分もあるので、不規則なスペルに対しての分節法を明確にしておくべきなのです。
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| 当ローマ字運動は特に少数民族独立にたいして特定の関係を持つものではありませんが、そうは言っても少数民族がこれをどの様に利用するかし無いかは、少数民族の選択に任さざるを得ません。ローマ字運動の方からは(方言)地域語が適切にスペルを提案する事はそれはそれなりに可能です。
| | これまで少数民族の言語を研究する為に初期の頃には(今もそうかどうかは知らないが、)何と!片仮名を使った不正確な表記しか残して来なかったのです。日本の研究者達は杜撰な方法を採用して来たと言う、恐ろしい事をやっていたのです。 | 少数民族とはアイヌ民族に限りません。日本人の生活圏に同居している多くの高麗民族が居ます。この人達は旧日本政府に歴史を翻弄された経緯があるので自決権を発動する権利を充分持ち合わせて居ます。又沖縄の琉球民族は自決権を発動すれば立派な民族と呼ぶ事が出来ます。この民族は過去に自らの王国を持って居た無条件に自立、独立する権利を充分過ぎるほど持っている民族です。その他旧日本領出身の極少数の民族も居ます。 各民族が書記法を其々持つことがアイデンティティーを育む事にもなろうかと思います。 少数民族出身の方は自決権を正当に行使して書記法に関しても取り組んで頂きたいと思います。 |
| ①丁寧の接頭辞「お」=o'N(go-N)②「ん」ngh=n"等
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畳語はハイフンで繋ぎますが、一方の語素が長いものは前と後の語素が全く同じである場合はハイフン(-)を(=)にしてもいいと思います。前後の語素が全く同じものであること分かり易く表す為です。 又、畳語でも連濁になる場合はハイフンの後に濁音字を置きます。 【例】「心々」=「kokoro=gkokoro/kokoro-gokoro」ハイフンの直後に濁音がある事は、連濁を示唆出来るので後者の方法も提案します。
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| 129)日本語のローマ字書記化と世界の情報との流動性について |
日本語をローマ字で書いたからと言って、世界中の情報に安易に通暁出来ると言う事ではないけれど、私は目に見えない浸潤し合う事はあり得ると思っています。特に日本語の表記に於ける閉鎖性を破る効果は計り知れないと思っています。日本語には大量の翻訳語が既にありますが主に漢語に翻訳された事により同音意義語を大量に抱える原因となった事を何処かで切り変える事の需要があり得ると思っています。そこで外来語の音訳をするルールを片側に用意する方法として、カタカナではなくローマ字化したスペルを用意する事は必要だと考えます。 こうして世界の言語が日本語に流入し、日本語が世界に流出し易くなるという塩梅にです。しかし、事はそう簡単ではない筈なので今すべき事は何処をどうルール化するかと言う事です。相手の言語の特徴を捉えてどの様にすれば日本語の中で生きる事が出来るか、又は日本語が外国語の中に生きる事が出来るかとも考慮しておくべきとも考えます。
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動詞には大きく分けて①二段活用系と②五段活用系に分けられます。①二段活用系は語幹が開音節だったものに活用ら行音が膠着したものと考えられます。②五段活用系は語幹が閉音節と想定されるものですがこれに活用ら行音が膠着したものと考えられ、閉音節子音に活用ら行が膠着、同化して成立したと思われます。ら行は流音ですが、閉音節に吸収され易いようです。 以上の推察を元にローマ字のスペルを考えてみたいと思います。①二段活用系ではら行音を膠着させる事で問題はないのですが、② 五段活用系にら行音が膠着、同化したことを(推定乍ら)痕跡的に表すために語尾の子音を重複表記することを提案します。 |
日本語には偶に誤用から定着した「無理からぬ」などと言う言葉が平気で大通りを闊歩している。どうやって品詞を整理して良いか解らないのだ。しかし、この様な木に竹を継いだ様な現象にもJalefabectoは答えを用意しておかなければならないと思いますが、このブログを書いていた事で初めて知る珍現象です。 【例】無理+からぬmuri+ku+ara+nu=muri+k'ara-nu=muri-k'ara-nu,ここでは品詞を
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| 名詞は長さについて限度がない為読み難い事もあり得ます。そこで、連鎖した語素を単純にハイフンで繋ぐ事も出来ますが、それでも読み難くさが出る場合もあり得ます。そこで、語素の頭を大文字にして目立たせる事も工夫しても良いかと思います。その場合必ずしもハイフンは必要としない事も考慮出来ると思います。その際、「~的」「~風」「系」等の小辞は大文字を使う必要はないと思います。
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| ローマ字運動の初期に於いては、記号を使う事について、かなり反発があった様です。記号は煩雑であるからと言うのが理由の様です。確かに明治期にアルファベットが導入された時には全角文字を目にしていれば記号は煩雑に見えた事でしょう。無理からぬ事です。しかし、半角文字で文章を書くに当たっては記号は煩雑どころか明瞭に書き分けられる技術として大いに取り入れる事の合理性が理解出来る筈です。記号排除の信仰は何ら根拠のないものであることが実用の中で理解出来る筈です。
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動詞活用の中にも同音語があり、仕分けておかなければなりません。①連体形(Adnominal form)と終止形(End-form)②已然形(Subjunctive form)と命令形(Imperative)③連用形(Adverbial form)中止形(Definite form)と派生名詞(Noun)等が同音語の組み合わせです。 【例】①連体形(無記号)、終止形(.)②已然形(;)、命令形(!)③連用形(-)、中止形(,)、派生名詞(名詞を明示する方法は今の処考えられません。但し五段活用を名詞化したものは、仮案乍ら、活用のら行のrは重ねない事にします。)
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日本語表記は長い時間を掛けて決められて来たのですが、整理して使い易い様に手直しする事は苦手だった様です。全くやってこなかったのではないでしょうが、主導する権力が不在だったのかも知れません。しかし、現代に於ける仮名漢字混合文が成立する迄には文字は大衆が使うものだと言う欲求がシッカリ働いたのかは疑わしいと思っています。日本は大衆が上昇志向が強く書記を権力者に習い合わせる事が基本だったのではないかと思います。東南アジアの諸国は書記法に付いて大きい改革を行なった国が大変多く、大衆の側に立った改革を行なって来ました。その中でもインドネシア、ベトナムフィリピンの改革には学ぶ点があります。アジアの諸国が採った方法はアルファベットでなくてもどれも表音化した事です。 その点、日本は何故か漢字、漢語にしがみついたのです。表音化は仮名があるから済んだ問題だと言う事なのでしょうか?確かに仮名は便利ですが、世界との交流力には若干欠けると言わざるを得ません。
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| 同音意義語の問題は漢字、漢語だけの責任ではありません。大和言葉にも音便と言う現象があったのですが、これ迄のローマ字運動ではこの現象があっても文の前後関係で分かるとかの理由をこじ付けてマトモに正視してこなかったのではないかと思います。同音意義語の音便を書き分ける方法はどの運動体も手をつけないのであればこちらから提案するしかありませんが、幾つかの複合的な理由で音便と撥音の問題を別個に扱い統合する事にしたいとおもいます。音便は①「い」イ音便②「う」ウ音便③「っ」撥音便④「ん」促音便がありますが、活用する子音に母音の代わりに①y②w③c④gh(")を付加する事を提案し、同音意義語の問題を終止符に近づけたいと思います。促音便のgh(")については別項で説明します。
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| 121)何故、大量の同音意義語が出来てしまったか? |
| 過去の研究者はあらゆる概念を漢語に言い換えて無法状態で言葉を作り出してしまったのですが、なぜその様な無思慮にそんな事をやって来てしまったのか?これは明らかに漢文、漢語優先主義とも言える日本を覆っていた信仰の様なものでした。今ではそれに代わってカタカナ崇拝となっただけですが、分別的非同音意義語である分マシかもしれない。しかし、大和言葉を排他する点においては変わるところはありませんが。言葉はこの言葉を使え!使うな!という管理は出来ないが同音意義語を整理する位の管理は許されて然るべきと思います。言葉に対する規制ほど愚かしい事はありません。同音意義語が出来ない様に各分野の専門家は注意して当然だったと思います。同音意義語が出来る事に敏感であるべきでした。
| ですから、日本語使用者は同音意義語に対して全く警戒していなかった事が判ります。その様な警告を誰かがしていなかったのでしょうか?特に明治以降その様な警戒感を以って日本語を眺めた日本人がいたでしょうか?仮名漢字混合文でダラダラと書いていて何も気が付かなかったのでしょうか? その姿勢のまま戦争を起こして、おめおめと負けたと言うのが頷ける現象だったと言えるのではないでしょうか?私は別に戦争に勝てば良かったと思っている訳ではありません。無謀な思い込みがあったと言うしかないとつくづく思うからです。 | | 日本語以外にも同音意義語を持つ言語はありましたが、自然淘汰で選択して行った(フランス語等)か、人為的な方法(中国語等)で区別したのです。放置したままと言うのは珍しい事だと思います。 |
①助動詞「だ」②完了(過去)「た」「だ」、③形容動詞「な」「だ」など「ある」から派生した語尾の「あ」の部分を「ar」として「r」をサイレントにする事を提案します。rを残しておくと視覚的な指標となって読みやすくなる事を狙っています。 【例】①「だ」▶d'ar②「た」▶-t'ar③「な」▶-n'a④「だ」▶d'ar⑤活用t'ara、t'aromw、t'ara、t'ari、t'are etc.
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自らの書いている文章がどの様な文法的位置付けになっているかに無関心でいる事は、最終的には日本語がどの様な言語なのかと言う事に無関心である事に繋がります。その点ローマ字は文法的位置付けを常に意識せざるを得ないので日本語に対する愛着を向上させる事に貢献する事になります。 従来の仮名漢字混淆書記法が一概に文法意識を阻害している訳ではありませんが、仮名漢字混淆書記法は基本的に漢字が概念の中心を担っており仮名は大和言葉で漢字で書き表せない所を担っていると言う事が役割分担されていると言う事です。そうすると、漢字に注目度は上がりますが仮名は相対的に比重は下がり、概念の重要度を貶める結果となったと思います。大和言葉の役割が益々下がったと言えます。大和言葉が日本語の本体であるにも関わらずです。
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連濁とは清音行が連語によって語頭が濁音行に変化する事ですが、濁音行が元の清音行の姿を復元して解り易くしておく為に清音の前に濁音を付加してそれを表したいと思います。濁音で始まっている通用語は濁音から書き出す事にします。 【例】①「鬘カツラkathura」▶「ヅラdhura dthura=×」②面Thura」▶「ヅラdthura」
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伝統的、古典的な由来の表現には語源が不明でどの様な文字を書いてあったのか不明な時が往々としてあります。その為に、どの様に転写して良いか解りません。その場合、聞こえた通りに書写する道を作っておきます。その際、別掲の百音図表に従い、助辞を想定に従って記述する事にして頂きます。 【例】「ちょっかいを出す」▶「tchockay wo dassu.」等
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これ迄のローマ字表記では音便が登場しても、そのまま母音等で書いていたので、同音語を増やす事になったり元の子音が何であったか不明になって何の音便か不明になっていました。音便の書き方に手を付けられないのはローマ字表記にとっては致命的です。只母音で書いただけでは問題を増やしただけになるのです。しかし、工夫次第で音便を正確に元の子音を残したまま音便の読み方に出来ます。音便は「い列」「う列」に現れる事が殆んどなので、「i」▶「y」「u」▶「w」の組み合わせで変換する事を提案します。「y」「w」が子音の後に付いたらそのまま子音飛ばして「い」「う」と読むと言う規則を作ります。もし、子音が残る事が慣用化して煩雑に感じて来た場合は元の子音を省略して「y」「w」だけにしても良いと思います。 【例】①「読む」yommu▶「読んだ」yommghda、「呼ぶ」yobbu▶「呼んだ」yobbghda②「書く」kakku▶「書いた」kakkyt'a「掻く」▶「掻いた」/……
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| 115)促音専用記号として「C」と「CH」を提案します。 |
| 促音とは仮名書きの「っ」「ッ」=つまる音ですがこれ迄のローマ字表記は子音を2文字書く事で足りるものとしていました。ところが促音は日本語話者にとっては1モーラを作る単独の音との受け止めの方が強いと思われます。そこで、アルファベットの中で未だ役割を持っていなかった「C」と「CH」を促音専用記号とする事を提案します。仮名書きからの乗り換えもし易いと思います。
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| 今私が憂いているのは日本語の魅力の衰退についてです。日本語の現在の姿は外国人の一部には好奇心を持って学ばれていますが、このまま放置して置く事は良い結果を生まないだろうと思っています。放置して置くと日本語の元々持っている表記法のハードルの高さが日本語の更なる拡張に障害することになるだろうと言うことです。日本人自身が日本語学習に長期間費やし、義務教育が終わっても未だ知らない単語や漢字はざらに出くわします。現在日本語に親しんでいる外国人はあらゆる意味で日本人がボランティア的になハードルを低くしてのサービスを受けている可能性があります。私の数少ない外国人の知人達も日本語の表記は殆んど最初からギブアップしているらしいのです。殆んど諦めて、或る程度迄は即ち仮名だけ教養として学ぶ程度です。漢字迄進む外国人がいる場合でも、学問として専攻している場合に限ります。ですから、日本語の世界的な拡散などハードルが今のままでは高過ぎると言わざるを得ません。又日本人が大和言葉を等閑に学習して来た結果が外国人に大和言葉を正確に教えられる環境を作られないと言う事も立ちはだかっています。このままでは、世界の日本語離れは益々進行するでしょう。何らかの下支えをしなければ、日本語は何れ見放され、存続の危険も視野に入って来ても可笑しい事ではありません。下支えの為には表記を学び易く表音化する事が近道である事は言う迄もありません。その為には私はローマ字を推す者ですが、受け容れられなければ、仮名文字でも選択肢の一つと思っています。
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| 外国の話題を直接とりあげているときには、外国のスペルをメインに書いて何語であるかの略号を添えて(Eng.Fr.etc.)読みをJ'lfhabecteで添書する事を提案します。J'lfhabecteの添書は敢えてしなくても良いとは思いますが、必要に応じてと言う事にしても良いと思います。
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| 112)動詞活用についての或る推察とそれに基く提案 |
動詞活用には大きく分けて四~五段活用と二段活用の二種類に分けられます。どうしてそうなったのかの事情について知る機会はこれ迄ありませんでしたが、推察として①四~五段活用の語幹は古代には子音で終わっていた筈と考えています。語幹語尾子音に東北アジア系ら行の活用語尾が付いた後、語幹の子音とら行の活用が同化したと考えています。恐らく日本語として成立する以前に起こった現象だと思います。日本語古典の資料を探しても出て来ないだろうからです。②二段活用の場合は語幹が母音で終わっていたので活用のら行は同化する事なく残ったのではないかと考えています。そこでこの推察がどうローマ字に反映するのかと言うと、①四~五段活用活用部分の最後の子音を二つ重ねて同化の擬似的痕跡を再現すると言う提案を行ないます。こうする事によって二段活用との近似音と差をつける事が出来ます。子音の重ね書きが指標となって四~五段活用を見分けるのです。 【例】①「食べる」②「書く」/……
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| 仮名漢字混合文では漢字が文章の緩急の注目点に役にたっていたと思いますが、J'lfhabecteにおいては活用語と非活用語とのコントラストが注目点の役に立つのではないかと思います。ローマ字は日本人にとって平板に見える可能性があります。仮名漢字混合文で漢字が果たしていた役割は先行的な拾い読みと言う作業をしていたかもしれないのです。拾い読みは目に取って、意味を固定する作業をし易い構造を持っていた可能性があります。英語などのローマ字は或る程度スッカリ読み込まないと意味を繋ぐ事が日本人にとって難しいものでした。緩急のある構造は読み易さに繋がります。私の提案するJ'alfhabecteではその緩急と言うものを活用語の特徴がある事によって援護する事が出来ると思っています。
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| 外国語をそのまま引用したい時にはそれが何語であるかを略号等で単語の直後に明示して、読み方が必要な場合はJ'alfhabecteで添え書きしてはどうでしょうか?①English=(e)②French=(f)etc.
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| 【1】動詞等の終止形と連体形は同形の為、どうしたら良いだろうか?①終止形はピリオド(.)付加し、②連体形にカンマ、セミコロン(;)を付加する事などを提案します。【2】動詞等の已然形と命令形は同音の為、已然形はカンマ、セミコロン(;)を付加し、命令形にエクスクラメーションマーク(!)を付加する事を提案します。
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| 108)日本語の現場=口語の現場で行なわれている閉鎖音 |
| 日本語は書記法に影響されて閉鎖音が無い事になっていますが、実際の発話の現場では閉鎖音は行なわれています。特に話者が敢えて閉鎖音を発して効果を出す場面を作劇しなければならない演劇の現場で書き残す必要がある場合も生じます。そこで、閉鎖音の表示は子音を基本2文字で表します。(Tchiwhahss!)1文字ではフランス語系のサイレントの用意しておく必要がある為です。(Paris=パリ)1文字では発音しないと言う事です。
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| 「~しそう。~やりそう。」等は語源に則し動詞連体形+観察様態「様」schi sama=schisomw,yari sama=yarisomw |
| ローマ字のスペルは発音と対応している事が必須である事は言うまでもありませんが、日本語には同音意義語が日常生活に支障を来たす程多くある為、取り敢えずこれを判別出来るようにするべき事は必須です。その際に、旧仮名遣いと称される古典的書記法が参考にされるべきと考えます。そのまま転用する事は実用上混乱するであろうと考えますので、参考にする程度に留めます。どの様に参考にするかは音便規則「WY」を適用出来ると思います/……
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| ザ行の「ジ」とダ行の「ヂ」は現代語においては同音になっています。①書き分ける場合と、②聴き取りだけの場合の書記を二通り用意する必要があり得ると思います。何故なら現代語においては更に③「ズィ」「ディ」等日本語にとって新しい発音が実用上入って来ている事と伝統的書記も書き分ける必要があるからです。従って①「ジ」=zji②「ヂ」=dji③「聴き取りのジ」=ji④「使い分けのズィ」=zi⑤「使い分けのディ」=diを用意しておかなければならない事になります。
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は行は実際には①サイレント②バ行③パ行④ワ行⑤ファ行⑥ハ行に展開して発音されるので、「H」の前に①x②b③p④w⑤fを置いて指示します。これらの表示がない場合はサイレント 従って①h②bh③ph④wh⑤fh。⑥xhと書き分ける事になります。
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| ローマ字化は文法規範意識が向上する事は間違いないと断言出来ます。ただ聴こえる音を聴き取って書記するだけの仮名漢字混合書紀法より遥かに文法を意識しないと書けない体系になっているからです。/……
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| ここですべき事は日本語のローマ字書きではありますが、従来の文法の枠組みには囚われず私の立場は文法研究ではないからです。日本語の文法に対して様々なアプローチがあり用語もまちまちです。ローマ字はそこには踏み込まずに、文法的議論は言語学者に譲って語素という意味の最小単位を認めるだけにしておいて読みやすいだけの表記法を考えて行きます。当然従来の文法研究の成果を踏まえる事もありますが、これは語素に分解する為の方法として利用するだけです。分解した語素は用法の中で付いたり離れたりしますのでそれをサポートする事はローマ字表記の為にはしなければならない仕事であると理解しています。語素を扱いますが、それをどのような品詞に呼ぼうが研究者の自由ですし、こちらは整理されるだけの存在と言うことになります。
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ローマ字化した場合何所が効率的になりどの点が負担が増えるだろうか。仮名漢字混合書きよりラインは長くなる事は予測が付きます。その長さは文字変換の経験から言ってそれほどの差は大きいとは言えないと思います。 過去においてはローマ字の方が文字数が増える事を以って冗長性を否定的に言う意見もありましたが、そう言う事実があろうとローマ字は省力化を可能にすると考えます。あらゆる意味で学習ハードルが低いと言う事です。そういう意味で見えないコストを下げる事が出来ます。先ず①学習年数の短縮です。②漢字学習に費やしていたエネルギーを全てローマ字語彙の学習に充てる事が出来ます。③パソコンの日本語入力において文字変換の必要が全く無くなります。④文化的に知識の集中力が格段に上がります。⑤外国人の日本語学習のハードルが低くなる為、日本語が世界言語になるチャンスが拡大します。
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| 日本語のローマ字書きが可能になれば、商品様々なテキストレイアウトに欧米文化が築き上げて来た美しさを取り入れる事が出来る様になるので、デザイナーにとっては待ち望んだ環境になるでしょう。特に諸外国商品、製品の中で併用したときに違和感を減らす事にもつながると思います。兎に角ローマ字書きの美しさは合理的な美しさといえます。大変読みやすく海外にも開かれた言語になって行く切っ掛けになる事は間違いありません。
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日本語のローマ字書きは良い事尽くめではありません。ほぼ全面的な文化断絶が伝統文化との間に起こります。しかし、文化断絶は今に始まった事ではありません。明治時代中期迄には江戸時代迄の築き上げた文化をほぼ全部一掃したのです。唯それを今忘れてしまっているだけです。明治時代と言うのは伝統文化を引き継いだりするよりも翻訳文化に狂奔して江戸時代迄の伝統文化を育てる事は殆んど気が回らなかったと言える時代だったと言えます。日本語のローマ字化と言うのは明らかに伝統文化に断絶を起こす事は目に見えています。しかし、だからこそ日本が自分自身の伝統に思いを致すチャンスであると考えます。断絶は精々明治時代との断絶があるだけです。 日本人は古典を学び直す機会を得る事になると確信します。実は今知っている伝統とは明治時代が翻訳した伝統にしか過ぎない事をどれだけの人が知っているでしょうか。江戸時代迄の文献を今の日本人は一行も読めないのです。ですから、古典を学び直す良い機会でもあるのです。その方が有益この上ありません。 ローマ字書きは伝統文化との断絶を起こしますが、逆接的な言い方ですが伝統文化を見直す事の良い機会になると思います。明治時代の急激な文化変動は江戸時代迄に築き上げて来た良い面の伝統文化を無神経に破壊し尽くしました。それから見れば、ローマ字書きは日本語の見直しを強いますので、非常に逆接的ですが日本の伝統文化の正しい見直しをする事になると思います。
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| 仙人は霞を喰らって生きるの喩えの援用になりますが、では、人間は情報を消費して生きている事になろうかと思います。この情報消費に対して極力効率的な障害の少ない仕組みにしておくべき事は日本人が今後生きて行く為の戦略として明らかに考えて置いて良い事ではないでしょうか?日本語のこれ迄の仮名漢字混合書記法は長時間に渡る習得期間がありながら、完全習得の終点が全く見えず、大変無駄な時間を強いられる事になっています。総理大臣になっても知らない文字があると言う国なのです。国語は全ての学習の基本であるにも拘らず、国語の学習が終了していないと言うのは、他の学習の為の時間に割く事が減ってしまう事をも意味するのです。漢字は実際の量を十分把握出来ていないと言う問題が大きい障害です。見た事もない漢字にお目に掛かる事屡々です。知識人の中には敢えて難しい漢語を好む人も多く、自己の表現の訴求力を逆に削ぐ結果にもなっています。知識人、研究者は出来るだけ易しい表現にした方が良い筈です。知識人は自己のレベルをそんな所で示す必要はないと思います!易しい表現にして流布、波及させた方が良い筈なのですが、何故か障壁を設ける事を止めません。ローマ字運動の流れは明らかに漢語、漢字に対しては批判の鉾を突き立てるものです。「言葉」は共有にこそ意味の第一義があるのですから。「言語」は共有と流通が本来的な意味での価値があると言えます。その為には易しい表記法を実現することしかあり得ません。
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| 英語など幾つかの言語表記ではアルファベットを使用しながら表記と発音が一対一で一致していないものがあります。この現象は利点もあるので一概に否定はしませんが、スペル通りの発音をしなければならない時はどうするかに答を用意がなければならないと考える為、表記と発音の一致は前提と考えます。この原則は外来語にも適応される事は言うまでもありません。
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| ローマ字書記には難問がかなりあります。同音異義語を避ける余り、言い換えをして、不自然な表現に陥る事になる事も往々にして出て来ます。しかし、日本語は既に難問を抱えながら生きて来たのですから、日本語話者はその矛盾を十分熟知している筈です。従って言い換えの問題はローマ字書記の問題ではないと言えます。言い換えの問題を検討する事自体は正当な事でもありますから、これをローマ字書記の問題と切り離して検討する事はこれはこれで日本語にとって欠かせない事でもあると思いますので、言い換えの為の検討委員会=合意形成機関を立ち上げる事は意味のある事だと理解します。この組織は国の監視は不要と考えます。言語研究者と文筆を生業とする人達が集合するだけで十分な事です。文筆業はローマ字運動には否定的であると推察するのですが、現状を打破しようとの意識があれば発案を期待出来ると思います。
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| 国語は全ての学習の基本です。国語が漢字教育に気を取られ過ぎては、「論理」「読解」が劣っては本末転倒なのです。昔の文部省が漢字教育に偏重したのは取り返しのつかない失策でした。漢字に重点置く以上に「論理」「読解」に力を入れるべきでした。漢字が負担の多い学習であると単に言ってるのではありません。「論理」「読解」を省みる事なく重点置き方が間違ったのではないのかと言っているのです。大和言葉を丁寧に品詞分解して来たのだろうか?と言う事なのです。
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| ローマ字運動はそのメリットの中に日本人をターゲットにしていると同時に外国人に対して、日本語を学び易くすると言う目的もあります。ローマ字は文字システムが諸外国と共有するものを多く持っているので、学習をする事は前提であるけれど、外国人にとって導入の間口が格段に広くなっており、敷き居が低いと言える事です。外国人にとって現行の表記方法はハードルが高すぎますが、ローマ字にする事は多くの日本人と外国人双方にメリットが大きくなります。日本人と外国人との交流力に貢献する事は目に見えています。現在の日本人にとって表記手段が増える事になりますが、既にPC入力にローマ字入力を行なっている人口は少なくないと思われるので、ほんの少しルールを覚えるだけですから外国人よりハードルは低過ぎると言って良いと思います。日本人は日本語の表記の学習を小学校、中学校、高校と行ない更に終わる処を知りません。大学を出てからも未知だった表記に巡り会う事は珍しくありません。外国語にもその様な現象は見られると思いますが、読めないと言う事はまず考えられませんので、意味は辞書を引く事で解決出来ますが、日本語の場合には最初から読めないと言う事もあり得ます。辞書を引く前に既にハードルが立ちはだかっているのです。こんな重大な問題を抱えたまま日本語は歩んで来てしまっていたのです。これを問題視しないまま、日本語の将来は暗澹としか言い様がありません。この問題を解決出来るのが日本語をローマ字で書ける様にしておく事であると私は信じているのです。
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| 誰でも日本人であれば日本語を自省無しに垂れ流しする事くらいは出来てます。漢字仮名混じり書きとは自ら如何なる主張をしているのかを十分理解しないまま表出が取り留めもなく、文字通り垂れ流すのが日本語の書記の現状です。書記に於いて考えている事は単語の分析の無いまま音を発する事と漢字で書くかどうかです。難しい事を述べる時は漢字を多用する事ぐらいです。自分がどの部分を表現しているのかの自覚を持たずに受け止める相手に常に依存して表出しているのです。そんなものは表出でもなければ、主張でもないのです。日本語がこのまま書記を省みることがなければ、日本語の衰退は予想以上に早いかも知れません。日本語の内部崩壊です。日本語を維持して行こうと言う根拠を持たないことです。日本語が空洞化すれば日本語を使用する動機が無いという事にことになります。日本語の衰退は書記の曖昧さが出発点となるでしょう。文字変換が間違ったことをご愛嬌として見逃すと、本当の言いたかった事が見逃される訳だから文章力がコントロールを失って行く過程に入って行くことになります。
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| 92)促音は一律「C」を使用するのではなく、その都度「C」の使い方をを取り決めておく。 |
| 外来語由来の「促音」にはイタリア語のように子音を重ね書きするものがあります。その場合でも、子音の前に「C」を置く、又は、重ね書きした子音の間に「C」を挟む方法を仮に提案します。重ね書きの前に置く方法は、重ね書きではなくても、単独で促音化する場合(英語由来)もあるからです。又、子音を重ね書きしても促音化しない場合(英語等)もあるので、どちらも判別出来るように「C」の有無だけで促音を判断出来る様にしておきたい為です。
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| 日本語をアルファベットで書くと言う試みは明治の初期からと言うより江戸時代末期慶喜の頃から始まっていて、その後明治の知識人達も覚醒した人達はいましたが、何故か流儀流派の運動に分裂したままで終わり実用に発展しなかったのです。何故各流派は派閥を超えて、経験を交流しようとしなかったのでしょうか?それも何と五十音図表の僅かな違いを以って運動をほぼ二分したのです。各々がヒエラルキーを欲しがった者がいたのだろうか?アルファベット化を志向する人達は絶えず日本には発生する土壌があります。セクトが下手な囲い込みすれば運動体は実際の力を失います。力を発揮出来ません。力は自由な発表の場を用意、保証する事によって活性化し、発展をする筈です。アルファベットは書きっぱなしでは同音異義語が発生し、適度に分離書きをしなければ混沌とするものです。混沌は適度なルールを合意を重ねて行くことで、共有言語の一部として使用に耐えるものになって行く筈です。
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| ローマ字運動に限らず、運動体が=組織が行き詰まり、新たな問題点を見付けられない事態に到る場合は、往々にして組織の構造に問題点があります。その組織はヒエラルキー型であり、構成員がトップに対して自由に物を言えない事態になっているものです。運動体は運動のプロセスで経験を通して問題点、矛盾点に気がついているものですが、ヒエラルキートップが解決の動きに鈍重であれば解決の障害と見られても仕方ありません。問題に敏感なメンバーや組織体を育てることも片方にはやっておかなければなりません。組織は同様な動機を持ったメンバーが集まっている筈ですから、感受性だって共有できる素地がある筈です。一つの組織が背負い切れないのであれば積極的に他の別の流派に連携を打診して経験を共有すべきなのです。運動は独り運動体の私有物ではありません。運動を通して社会とコミュニケーションしているのです。
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| 「追加予測の助辞として」「~し」と言うのがあります。これはな行の終助詞ではないので、「h」は付けません。寧ろカンマ「schi,」で中断にしてはどうでしょうか?
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助辞には複数の助辞の連結をさせる時がありますが、既存の運動体を支えてきた人達の中には、複合助辞を連結させる事に固執する方もいます。私は逆の立場です。助辞が複合して新たな意味を獲得したなら、連結複合して一語としての働きを認める事に吝かではありませんが、まだ、其々の助辞としての意味を保っている場合は分離すべきと思っています。 【例】「に」+「は」=「には」ではなく、私は「に」「は」と分けます。語素に分離して書くと言う習慣を獲得しておかなければなりません。品詞は何かを考える前に意味の分離がどの範囲であるかを理解する事の方が重要です。これ迄の国語教育が分離書きには一切無関心で漢字教育が総てと言っても良いくらいでしたので、大和言葉の語素意識を持たせなかった為の意識低下の結果があらわれたのです。
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日本のIT化社会は実際どの程度効率が向上したのだろうか?文字変換が出来る様になった?冗談じゃありません。文字変換してる間に本来出来る筈の事が沢山あった筈ではないのか?何が便利になったのでしょうか?確かにPCは一旦テキスト化すると後のプロセスは効率化出来るかもしれないが、文字変換には神経を使って全然効率化出来てないじゃないですか!イキナリテキストを打ち込む英語圏の効率の良さは遥かに良いに決まってるではないですか?!わざわざ苦労して文字変換に費やす無駄な時間は取り戻す事は永遠に出来ないのです。そう言う事にもっと早く気が付かなければならないのではないですか? 日本は折角IT化を目指したにも拘わらず社会全体が元々引き摺って来た書記法について見直すチャンスを失ったためIT化の効果を計測する契機を持たず走り出してしまったのです。その為、IT化の目的まで失ったも同然になったと言えます。これ程までITが進んだにも拘わらず社会がその恩恵を計測出来ないでいるのです。これは大変滑稽です。IT化と言うアクセルを踏みながら、旧来の書記法にしがみついていると言うブレーキを同時に踏んでいるのです。日本人が社会をどう見ているかを端的に物語っているのです。社会が自らの生活の延長ではなく自らは社会に従属するものとしか見られないことを表していると思えます。たったIT化の問題が日本人の生き方を見させる事になっていると言えます。 日本に検証技術がないと言う意味ではなく、検証の視点を持たないことに喜劇の一端を見ます。社会全体が検証しようとしないことに悲劇を見ます。この様な現象は日本が古くから持っていた弱さでした。日本人の分析力の無さは一級と言えるでしょう。強さがズカズカと隣人宅に踏み入る事ではなく、自らの生活を見直し向上させることで十分なのではないかと思います。 日本の企業などには、「コスパ」などと言う恐ろしい言葉が蔓延しています。無能な経営者が使いたがる万能薬と思い込んでる言葉です。「コスパ」などは何の役にも立たない呪文です。経営者がすべき事は先ず分析です。分析して経営のレールを敷くことです。他にすることはありません。
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日本のIT化は効率と非効率が入り混じって、これが本当にIT化された社会なのだろうか?ちっとも効率の上がらないIT化社会ではないのか?非効率が足を引っ張ってるんじゃないのか?変換ミスは逆に防ぐ事が出来ないので殆んど放置されたままじゃないですか!変換ミスで逆に意味不明な文章の横行です。変換ミスで文章の品格を更に貶めているではないですか!ナマジ文字変換技術に業界が手を付けたお陰で起こった悲劇と言うより喜劇でしかありません!文字変換と言う絡み合った蜘蛛の糸から抜け出したら良いじゃないですか!文法規範意識を育ててそれに基づいて記述するには簡素な記述方式を持って育てて行くしかありません。 その為には日本語のアルファベット化を開発して簡素、簡明な表記に改めたら良いのです。言葉なんて僅かな母音と僅かな子音とほんの僅かなアクセントの組み合わせで出来てるだけじゃないですか!今こそ合理的な方法と分離記述を徹底した方法に乗り替えたら良いのです。複雑な漢字仮名混じり文に別れを告げる時です。いつ迄も拘り続けてる様な価値は無いと思いますよ!
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| アクセント記号の為に表記が煩雑になる場合は、一旦アクセント記号の表示は保留にして当該の語のアクセント記号を別記する。その場合アクセント記号が目的ではないので、アクセント記号は判明した時点で表記は中止する。【例】「死」=schì*=単語が特定出来たら以後は「sch*」で表示する。単語が複数の時は「**」の数を決めて指定する |
| 84)「つ」は「tu」か、「tsu」か? 素朴でもない疑問 |
| 日本語は徐々に変化をしており、いずれ「つ」は「トゥ」と言う表記も必要となるだろうし、「チー」は消滅し「ティー」が残るだろうと思います。或いは「チーム」と「ティーム」が並行使用されるかもしれません。アナウンサーの言い方には「チーム」と「ティーム」の両方を使い分ける或いは混在して使用しています。従って「ティ」も「ち」も認めておかなければならないと言う事だと思います。これは 「tu」の場合でも「つ」も「トゥ」も表すのであれば逆に両方を認める方法を用意すべきであろうと思います。又、「tsu」はS音には関係ない事なので個人的に排除すべきと考えます。全くの好みの問題に過ぎないのですが。
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促音は二語が連結した時以外にも、単独で出現する場合があります。厳密な意味での促音ではないのかも知れませんが、子音を重ねて記述する以外に、「アッ!」等の様に単独の表現として記述する場合があるのです。その用意はしておかなくてはならないと感じます。単独に現れる促音的な表現を記述する為に「C!」を用意したいと思います。 Cは「し」「ち」を記述する時にも「schi」「tchi」等の様に使用したいので用途の幅が広くなりますが、無理は少ないだろうと考えています。
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| 発音にばかり拘って、音便を過小評価するとローマ字書きの最大の落し穴に陥る事になります。それは大和言葉にこそ存在する同音異義語を避ける事が出来なくなるのです。そこで、音便の記述方法を何らかの方法で用意しておかなければ表記は混沌とする事になります。その方法とは活用部分の黙字を認める事です。発音されない子音を認める事です。日本語の活用は多くの場合母音部分で行なわれるので、母音を消去しても子音を残して関連を残す方法を摂らなければならないと言う事になります。音便は幾つかの種類があるので、音便用の字母を用意する必要があります。活用部分の子音と音便用の字母との組み合わせで差別をしなければならないと言う事になります。
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| 私は言語については簡素な明解な表現を志したいと考えています。現在の日本語にはその様な指向を持っているでしょうか?意図してその方向を目指さなければ日本語は複雑に絡まり合ったままであろうと思います。出来る限り簡素に表現する事を心掛けなければ日本語は益々意味不明瞭なままの非論理的な言語に陥る事になるであろうと思います。私は日本語の現状を解きほぐし明解な言語に変えることにも寄与出来ると考え、「J'alphabecte」を書いている積もりです。少々以上に狂気の部分を持っているとの自覚はありますが、誰も手をつけないのでやむを得ないと思っています。否、この日本にはわずか乍らこの様な指向を持った人は存在していることは知っています。しかし、少数の孤独な運動体に終わっています。非常に残念に思います。各運動体はたった文字変換の方式に固執して五十音表のみを守って奉じているに終始しています。交流を拒絶していては何の発展もありません。明治時代以来の人脈、方式主義にしがみついている限り将来の展望は一切見えないと断じざるを得ません。柔軟な融合と、視点の気付きを通して運動の発展、拡大を目指す事に躊躇は不要と考えます。
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| 標準語、方言等の表現は近代国家の成立と無縁ではなく、「標準語」は国家の中央語を主張するものであり、「方言」は周辺的であり、中央語に対する辺境語であることを言っている訳です。しかし、標準語も方言も元を正せば古典語を源泉としたバリエーションである事にかわりはありません。従って、ここでは(J'alphabecteでは)仕切りは一切なく、共通の視点で扱うものとします。例えば、動詞の四段活用、五段活用の差はなく、四段活用は五段活用の一部にしか過ぎません。又、言語学の用語には捉らわれず、即ち言語学の解釈以前の問題即ち適切に語素に分ける事に力を注ぎたいと思います。但し、必要な説明には学校文法など最低限の知識に言及する事はあります。
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漢語(漢音)の語尾は特徴的に日本語の中では促音になるケースが多いので促音化を予測してスペルを工夫しておいても良いと思います。特に「一」は「いち」とも「いつ」とも読み、促音化が両方とも起こります。漢語語尾の「つ」「ち」「く」「き」を其々「tcwe」「tcye」「kcwe」「kcye」としておきます。促音化した時に、「e」を取ってアポストロフィ「'」を付けて合成する。 【例】
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| No. | 表記 | 発音 | 備考 |
| ① | Ày | ei | 英語に頻出 |
| ② | Îy | ai | 英語に頻出 |
| ③ | Üw | ju: | 英語に頻出 |
| ④ | Ow | ou | 英語に頻出 |
| ⑤ | û | a | 英語に頻出 |
| ⑥ | Î | a | 仏語に頻出 |
| ⑦ | | | |
| ⑧ | | | |
| ⑨ | | | |
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「願ふ」(五段活用動詞)+(名詞化語尾)+(格助詞)「negawhhu」+「aku」+「bha」/「wha」=「negawahhakubha」「negawhhaku wha」
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表現の任意性と言う事からいえば、「どちらでもいいのですが。」選択は表現者の方にあるのですから、「Yoyh」乃至「Yiyh」ですが、地域的には「Yeyh」もある筈です。これら全て語頭に「Y」を立てて統一性を出しているのですが、読み方は「Yoyh」=よい。「Yiyh」=いい。「Yeyh」=ええ。
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研究者の中には形容動詞を認めない人もいます。当然だと思います。纏りは強い乍ら名詞、助詞、動詞等にアッサリ分解されるからです。現象の集合体と言えなくもありません。
| 従来表記【例】 | 〜だ | -d'a |
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形仮定形 | 命令形 |
| d'aromwh | ni | d'a. | n'a | n'ara | n'are |
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従来表記では濁点で音の違いを表していたことを、アルファベットでは文字自体が別字に変わってしまうので、連濁の痕跡を残すべき時にどうするかの問題が残ります。連濁の痕跡を残すとはどう言う時でしょうか。発音は濁音に属しながら、清音として書いた方が分かりやすいと言う時が多いと思います。それで、連濁は合成語の第二語語頭に発生する事を考えて清音の頭に濁音(小文字)を付加して表記する事としたいと思います。 第二語語頭が大文字の場合濁音小文字を付加する事が良いと思いますが、大文字に対して大文字を付加するという考え方もあると思います。 又、連濁自体を嫌う個人も居ると思われるので、選択が個人に任せられる事を保証される事は考えておくべきと思います。【例】山崎=YamaSaki=YamazSaki=YamaZSaki,etc 慣用的な連濁由来の単語は濁音系の書き出しでも良いとします。【例】位=gurai
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| 「ん」は日本語の歴史のなかでは仏典、教典を読む為につくった表記であったので読み方にもバリエーションがあったらしい。
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| 外来語で閉音節だったものは日本語では既に何らかの母音を足して発音してる筈ですが、新たに書き起こす場合には従来の方法に従って援用して綴る事になりますが、それでも子音的なニュアンスを維持したい場合もあるかもしれませんので、その場合の方法として「e」、「u」等を追加する事を提案します。「e」は「え」ではなく、出来るだけ閉音節的に、且つ有声音的に発音する事を意味します。
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日本語には閉鎖音はないと言われ、且つ、「ん」だけは例外などと言われていますが、実体をよく言い表してるとは言えないと思います。実際には子音の継続音は「S」「F」などがあり、会話の中で明らかに聞き分けられています。地域的に使われている可能性はありますが、それを記述したくなる作家が居ても不思議ではありません。 又、人によっては知的職業の人の中には「T閉鎖音」を「ト(to)」に言い換える日本人の癖を嫌って、なるべく閉鎖音に近く発音したいと思う人も居ても不思議ではありません。従って「tu」や「te(tèではない)」乃至は「tt」があればとの要求があるかも知れません。正確には閉鎖音ではなくてもそれに代わる表記は上記の様に用意出来ると思います。 又、上記の「S」「F」等は将来的には「ss」「ff」と表記して日本人が閉音節として発音する事も可能性を否定出来ないので、既に用意は出来ていると言って良いと思います。
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「得る」が先行する動詞に同化、連動する時は先行する動詞の連用形の母音を取り、「得る」を同化する。書く+得る=書ける。(kakki+eru=kakk'eru)のようにアポストロフィを付けて繋ぐ
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ここでは英語風の読み方は日本語の性格に合うかどうかを検討しておく必要があると考えます。何故なら、英語の文字呼称は他の単語にも連動していて、読み方に日本語の中での一貫性を失うからです。寧ろドイツ語読みに近い方が日本語の中での読み方に相応しいので参考にすべきであろうと思います。
| 字母 | 発音 | 備考 |
| A | a: | |
| B | be: | |
| C | tse: | これ自体の音価は一つではなく、主に促音を表す時に使用する。音便の時は更にHを加える。音便ではない促音は単独の「C」とする。外来語はそのまま踏襲する。外来語の「C」の読み方は促音として、又は原語に近く日本語として読める音に合意機関が決定する。 |
| D | de: | |
| E | e: | |
| F | ef/fe: | 外来語に使用 |
| G | ge: | GとHで撥音を表す。省略する場合は"を使用。 【例】ngh→n",mgh→m",bgh→b"etc. |
| H | eyci | は行はわ行に転換して発音する。あ列を除いて黙字になる。乃至は必要に応じて「w」「b」「p」を冠する。「wh」「bh」「ph」 |
| I | i: | |
| J | je: | |
| K | ke: | |
| L | le:/el | 外来語に使用 |
| M | me:/em | |
| N | ne:/en | |
| O | o: | |
| P | pe: | |
| Q | ku: | 旧仮名遣いに使用。 |
| R | er/re: | |
| S | se:/es | |
| T | te: | |
| U | u:/ | |
| V | ve: | 外来語に使用 |
| W | we: | |
| X | ①eks/②khe: | ①外来語に使用②は行口蓋音に使用。強めの「H」 |
| Y | ye | |
| Z | ze: | |
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意味を人纏りで持っている語素は必ず分離して書かなければなりません。分離して尚且つ纏りが必要な時はハイフンや大文字頭出しで結合します。分離方法を持たないものは意味を汲み取りにくいので極力避けなければならないと思います。
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過去の五十音表と違う点は見た通り音便の列を加えた所にあります。音便は行の子音が消える現象の為、過去の五十音表になかったと言う事になります。消える音の為に何故列を作るのでしょうか?日本語では動詞等の活用の中に音便が表れるので同音意義語が和語=大和言葉の中に出現する場合が出て来ます。発音しない子音ではあるけれど子音を黙字として残す技術を持っていた方が、判別の為に役に立つだろうと思っているからです。 今後下表を埋めて完成させて行き、整合性の不足がないかを検証して行きたいと思います。
あ行 | ①あ列 | ②い列 | ③う列 | ④え列 | ⑤お列 | (6)促音便「っ」 | (7)撥音便「ん」 | (8)い音便 | (9)う音便 |
| か行 | ①kä | ②ki | ③ku | ④ké | ⑤ko | (6)kch | (7)kgh | (8)kyh | (9)kwh |
| さ行 | ①sä | ②schi | ③su | ④se | ⑤so | (6)sch | (7)sgh | (8)syh | (9)swh |
| た行 | ta | tchi | ③thu | ④te | ⑤to | (6)tch(7)tgh | (9)twh | | twh |
| な行 | ①na | ②ni | ③nu | ④ne | ⑤no | (6)nch | (7)ngh | (8)nyh | (9)nwh |
| は行 | ①ha | ②hi | ③うhu | ④えhe | ⑤ho | hch | hgh | ③ | |
| ま行 | ①あ | ②い | ③う | ④え | ⑤お | 音便① | 音便② | 音便③ | 音便 |
| や行 | ①あ | ②い | ③う | ④え | ⑤お | 音便① | 音便② | 音便③ | 音便 |
| ら行 | ①あ | ②い | ③う | ④え | ⑤お | 音便① | 音便② | 音便③ | 音便 |
| わ行 | ①あ | ②い | ③う | ④え | ⑤お | 音便① | 音便② | 音便③ | 音便 |
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「R」と「L」は日本語にとって如何に厄介出でる事は今後の日本語の命運を判断する為には避けて通れない事です。抑も日本語のら行は「R」なのか「L」なのかが日本人すら分からないのです。しかし、今後の日本語の事だけを考えるならば「R」と「L」の区別をいずれかのレベルで解っていた方が良いのです。日常的な場面では不要な理解であろうともです。専門職のレベルでは区別を認識していた方が良い事です。日常会話ではなく、書き言葉の範囲だけ考えれば良い事です。段階的には「L」が決して巻き舌ならない様にするとかの注意が必要との事が出てくるでしょうが、大きな問題になる事はないと考えます。ただし、書き言葉に於いてだけは区別せざるを得ないと思います。外国語由来で日本語に定着し掛かっている単語には「R」と「L」の区別をしておくべきかと思います。 同じ事が「B」と「V」の関係でも言えると思います。いずれも右項が日本人は正確に発音出来ない乃至はニ項の差を使い分ける事が日常的に出来ないのですが、日常的にはほぼ左項が代用しているのが現状であろうと思います。書き分けはするが、実際の場面では区別出来ない区別しないと言う現状を容認せざるを得ないと思います。 |
日本語(首都圏語)のアクセント規則は①ピッチアクセント=高低アクセントであること。②第一アクセントと第二アクセントの高さが違うと言うこと(第一が高ければ第二以降は低い、第一が低ければ第二は高いが、第三以降は単語によって固有である。)③第二アクセントで高くなった場合接尾辞を含めて維持される又は維持されないかが単語によって決定されている。従ってアクセント表記は高-低が何所で起こるかが分かりそれを指定するだけで良い事になります。②の第一第二は長い単語では無期号になりますが、単語の後半を素早く読み取って下がる記号の有無を見て判断する事になります。 このアクセント記号は総ての単語につける事は却って煩雑になる恐れがある為、同音意義語が同時に出て来た時に表示するだけで良いと思います。 【例示】「à」「ì」「ù」「è」「ò」、「死が」=「schì ga」「詩が」=「schi ga」(接尾辞の高低は単語の最終音節に準じてアクセント規則に従います。)
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| 方言とは言語に対する偏見をそのまま表現したものです。研究者はいとも簡単にこの様な表現をしますが、話者にとって何ら卑下するに値するものではありません。日本語のどの活用を使用するかは話者の選択権に属するものです。選択された表現を書記する事だけを考えれば良い事です。
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| 62)外来語(英語由来、仏語由来、独語由来、等)翻字原則と例外(原則と並行して別音がある場合。) |
| 外来語を日本語に転写する時に元のスペルに引き摺られる事は出来るだけ避けて日本語の中で読めるようにスペルを変えて表記して良いと思います。元のスペルに拘りたい時は「ア」=「a」「î」「û」「ê」「ô」「イ」=「i」「ė」「ウ」=「u」「e」「エ」=「é」「à」「í」「ó」「オ」=「o」「å」(=の右後は一例です。)
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| 繰り返しである事が視覚的に分かる様に同じ語素乃至同じに準じる語素はハイフンで繋ぐと言う方法で良いと思います。記号が煩雑に感じる方はハイフンを使わずそのまま繋げても良いのですが、語素どうしが却って判別し難いと考えます。常に語素を重ねる時はハイフンを使用する事としたいと思います。
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| 60)終助詞「な」等と禁止の助詞•接頭辞「な」の区別 |
| な行終助詞は語尾に「h」を付ける事としたいと思います。則ち「nah」「neh」「noh」。禁止の助詞•接頭辞「な」は「h」を付けない事とします。
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| 外国語由来の単語を日本語に参入させる等の管理は民間サイドで可能と思います。それも、出来るだけ簡単な基準の下で行なえるようにしなければならないので、社会集団の代表者委員会を作って規制的な管理ではなく、価値基準の持ち込みは一切しないと言う基準を共通認識とすべきです。言葉の美しさ、汚さ、品格、猥雑、等の価値判断を一切しない事です。
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57)ローマ字表記は日本だけの表記を考えていれば済むと言う事ではないと思います。日本と言う開音節だけで出来た言語を持っていても、世界との交流が現実にあるので日本が永遠に閉音節を持たない言語を続けられるか、諸外国の閉音節語を輸入せずに済むかどうかも予測は出来ないのです。現実に閉音節でなくても黙字黙子音の典型フランス語からの移入は避けられないと思いますので、少なくとも準備しておく事は必要だと考えます。そこで、①閉音節は有声子音で発音する事になっても子音としての認識下では「子音の重ね書き」 を提案します。従って重ね書きをしない場合は黙字黙子音であるとの原則も併せて提案しておきます。 【例示として】既に日本語化している「デビュー」「(フランスの)パリ」等は「dèbüht」「Paris」等として黙字とするものです。 |
漢語は語尾が限られており、「ち」「つ」「き」「く」「ん」「い」「う」「他の母音」の範囲に限られています。「ち」「つ」は先行する母音によっては交替がある場合があります。「き」「く」も交替があり得ます。「い」「う」も交替があり得ます。 そこでこの現象を利用して、規則的な形態に出来るかも知れません。腹案はあるのですが、まだ公表出来るレベルに達していません。ただ、個人的には漢語の問題は非常に厄介に思っています。漢語を取り出して別格にする事が意味のある事とは思えないのです。しかし多少工夫しておかなければ、同音異義語がそのまま放置されてしまいます。又再び増加する事もあり得ます。区別する事は同音異義語の増加を直接抑える事は不可能と思います。出来る事は現状維持が精一杯です。非常に消極的な方法しか採れません。 漢語の語尾は子音であったであろうと推測されます。韓国語との比較でその様に推測されます。共通する子音を統一して扱っておく事は必要と考えています。
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| 由来の違う系統の語素による場合も同じ系統内でも合成語を作る場合は、ハイフンで繋ぐ様にする。或いは各語素の頭に大文字を立ててそのまま繋げる。
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| 外国語の閉音節由来の外来語を書く際にどう発音するかは日本人が悩むところです。閉音節だった部分をどう発音するかは個人差もあるかもしれませんので、参考として以下に述べます。閉音節だったところは「u」「e」往々にして「t」の後に「o」等です。「t」は「つ」になったりもしています。閉音節だったところに「u」「e」をつける事を提案します。「え」を表す時は常に「è」と決めておきます。
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| 52)外来語②ギリシア語系(GE) 「-logy」 |
| ギリシア語由来の「-òlogy」は元来「l」も「r」も厳密に日本語の発音には馴染まないのですが、普段は日本語のら行は「r」で書くことにしておきます。「ology」は①英語発音は「òlogji」。例「tekunòlogji」②その他ガ行で発音する場合は「òlogi」とします。例「ideòlogi」
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| 51)外来語①ラテン語系英語=(LE)「-tion,-sion」 |
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過去のローマ字運動では記号を多用する事を嫌い、排除して来た人達もいました。仮に記号を容認した人達も精々長音に対して関心が向けられただけでした。何が必要な記号かの議論は少なかったと思います。殆んど記号は嫌悪の対象になった様なところもありました。しかし、記号は必要ないところに過不足なく使用する事によって効果的な明瞭な表現が出来るものと考えます。どう言う記号が煩雑であるか、明確であるかは若干主観的な要素が混じるかもしれません。しかし、主観的な見解に基づく議論を通じて検討して行くしかないと思います。記号の多用は確かに煩雑な面がありますが、適度に使う事により明瞭さが増すのであれば抑制して使う事は良いのではないかと考えます。
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動詞、形容詞形容動詞等活用には同形のものがあるので区別の為の記号を使用します。①連体形と終始形について;「連体形」は「,」又は「;」又は記号無しとする。終始形は「.」とする。連体形の直後に体言が来れば、記号は不要だろうと思います。②仮定形と命令形は;「仮定形」(仮定形を伴なう文節後も)は「,」「;」「命令形」は「!」とする。この様に記号を使う事により意味補強と視覚的に補助となります。③「連用形」と「名詞」;これ等二者の区別の為の記号は不要だろうと思います。
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Lightblue forJalphabet
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省略記号を効果的に使う事で視覚的に区別がし易くなります。①「お」+大和言葉等の場合、「お」は古語においては「おん」「おほん」だったので「O'+」「O"+」と表せます。①'関連で漢語の「御」は省略ではないので「Go-」+漢語由来語としたいと思います。②「ん」は様々な由来の子音が元にあるので「ngh」は「n"」と原則を踏まえながら、視覚的にはスッキリ軽量化します。
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ローマ字で書くと言う事のメリットは日本語には文法指標に使用出来る語素が多い事もあり、書き手に文法規範を自覚させる事にもなり得ます。書き手の自覚は明瞭、明確な表現を促す事が可能性を期待できます。完全に保証するものではありませんが文法規範を明らかにする要素が各所に散りばめる効果を持っているので規範意識は高まると期待できます。
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| 46)文脈で解らせる事はもはや無理!(出来る限り)避けよう!読んだその場で解って貰う事を心掛けよう! |
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ローマ字化すると、日本語には同音異義語が多い為、意味を判別する時間が漢字仮名混り文より掛かるとの指摘は甘んじて受けざるを得ないと思います。それだからこそ、その場で判別出来る様にローマ字上で工夫しておかなければならないと思います。文脈で解ってもらうと言うのはローマ字化の必然性を貶めるものと言わざるを得ません。出来る限りの日本語の特徴を総動員して無理のない範囲で、読んだその場で判別出来る様に使い勝手の良い表記にしなければならないと思います。特に大和言葉にその現象が出やすいと思われるので、大和言葉の単語を丁寧に分かち書きをして明瞭に語素単位で表現しなければならないと思います。意味が判るというより、品詞が直ちに解った方が遥かに良いと思います。
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| 45)禁止の終助詞「な!」と、一般終助詞「な!」「ね」等 |
Lightblue forJalphabet
| 禁止の「な!」と終助詞の「な!」は区別の為の指標が希薄ですが、他の終助詞一般に「h」をつける事を決めておき、終助詞の方は「nah!」として、禁止の終助詞を「n'a!」とする事を提案します。
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形容動詞、完了語尾、等は共通して動詞「あり」を含んでいる変化形を持つので一括してここに扱います。
基本は語根「に」=(ni),n'「と」=(to),t'「て」=(te),t'等に「あり」=ari,aruの変化形、省略形が付くものです。/……
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| 鼻濁音[ng][g]は日本語に於ける発話技術の範疇に属する事で、書記法についてではない為、ここでは議論の対象としません。記述は[g]に統一したいと思います。
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スペルを五十音図以内に決める事は一見簡単に見えるが、色々複雑過ぎない決め事をしておかなければならない理由として、ルールの並立によってスペルの重複があり得るからです。錯綜したルールの隙間に未確定のルールがありうるので逆の同音異義語もあり得ます。全部テーブルに乗せて俯瞰しなくてはならないタイミングは持つべきなのです。 動詞と形容詞には共通した語尾も多いので区別の必要が出てくると思います。
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| 日本語をアルファベットで書くと言う事は文法規範の認識向上の為に役立つと考えています。ヨーロッパ語に比べ明瞭ではない点もありますが、英語等に比べ遥かに品詞指標のはっきりした面もあります。従来の漢字仮名交じり文は音が聞こえたままを書くだけですから、文法の意識が低くなるのは止むを得なかったと思います。日本語は既に元々が文法指標の多い言語であるので、それを漏れなく書き残せばかなり明瞭さを表現出来る言語であると思います。/……
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英語と比べるのは英語に失礼であろうと思いますが、英語はゲルマン語どうしの二つの言語の出会いによって発達した通商言語ですから本来のゲルマン語の特徴を捨て去って極めて身軽になったものなのでゲルマン語的な重さがなくなっています。ゲルマン語的な重さを統語法に譲って、一見未熟に見える外見をとっています。しかし、英語は語形変化を削ぎ落としながら語順によってゲルマン語的な屈折を一部残しながらほぼ止めたので指標の少ない言語になったと言えます。統語法は構文表現を発達させスピーディーな表現を実現出来ていると思われます。 日本語は多くの名詞を助辞によって格付けする事によって明瞭さを維持する言語なので、分かち書きで品詞の姿を的確に表しておいた方が良いのです。 |
| 促音「っ」はローマ字書きすると第二音節の子音を重ねる方法を従来から取って来ましたが、日本語の場合促音は独立の音節を作り、ピッチアクセントが来ることがあるので、子音の重複は不適当と言えると思います。ではどうするか?私は「C」を促音記号とすることを提案します。これは単独でも使用出来る事とします。例「アッ!」を表現したい時など。音便として現れた場合は子音+「Ch」としたいと思います。 |
| 漢語系の開放音節語尾「う」「い」は「U」「I」とします。敢えて「W」「Y」は使いません。「W」「Y」は音便由来の語尾に使う事にします。「形容詞」「副詞」
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| 動詞指標は単に抽象的な目印をつける事は恣意的な行為になりますので出来ませんが理屈がある程度出せる部分においては可能と考えられるものがあります。①四段、五段活用動詞は日本語の成立初期に語根に「ら行音」が膠着後同化したものと思われます。この指摘はどの言語学研究者も言及していないと思いますが、アルタイ語研究者の中には賛同して頂ける可能性があります。四段、五段活用以外の二段活用は開音節に「ら行音」が膠着した活用であると思われるので「ら行音」は動詞指標に十分なり得ると思います。従って、四段、五段活用を明確に指標化出来れば良い事になります。
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| 【提案】四段、五段活用動詞は活用部分の子音を重ねる事を提案しますが、この「ら行音」が語根の閉鎖音に同化したと言う推測の元に語根の子音を重ねる事で指標とします。二段活用はそのまま開音節語根に「ら行音」を膠着します。 |
| 「ん」は一般的に日本語唯一の語末子音=閉鎖子音と言う世間では誤解がありますが、この音は独立した拍を持ち高低アクセント(ピッチアクセント)も持ちます。更に発音上、鼻濁音と関連を持つ、有声音であり、流音です。「ん」は語頭に立つ例はほとんどありませんが、実際の発話上では実現しており、単独の使用例もあります。従って有声音で流音の為、母音としての性質も併せ持っています。 従って、「ん」をアルファベットに転写する事はアルファベットの文字の種類が限られているので不可能と言えます。現行のアルファベット表示は「N」で代用しています。正確を期する為には「Ñ」など記号を付加するか、文字を創作する以外に方法がありません。又、既存のアルファベットを二文字の合字で考え出せなくはありません。例えば「GH」を「N」、「M」、「B」、「R」の後に加える等です。即ち「NGH」、「MGH」、「BGH」、「RGH」です。或いは「GW」を「N」、「M」、「B」、「R」の後に加えて即ち「NGW」、「MGW」、「BGW」、「RGW」です。他にも提案が出来ると思います。現代語においては「ん」の後に母音を続けるとリエゾンのような現象が起きない事も一応考慮しなければならない事です。子音字に母音を続けると「N行」として読まれてしまいますので、切離す工夫が必要となります。「ん」と「な行」の区別を必要としなければならないと言う事です。 |
| リエゾンと言ったのはフランス語の現象と同じものではありませんが、例えば現代語では「恋愛」は「れんあい」ですが、伝統的な単語では「天皇」は「てんのう」で「てんおう」ではありません。この現象は韓国語にも存在する様です。もしかしたら日本語が東アジア的な韓国語と共通の祖語からの伝統であるかも知れません。伝統的な単語においてリエゾン的な現象が見られるので、現代語でこれを引き継ぐ以上は、区別の為には「恋愛」「れんあい」を表記出来なければならないと言う事です。 |
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従来の表記にも単語を羅列して長単語を作っていましたが、Jalphabecteの場合、意味の区切りが不可欠な為、意味単語の先頭を大文字として分かち書き無しで羅列して一語とする。大文字が指標となって意味ブロックを作りながら長単語を作る事が出来ますので、全体で一単語を作ると言う方法を採りたいと思います。或いは短単語は分かち書きしても或いはハイフンで繋いでも明瞭に解る範囲でなら妥当と考えます。分かち書き、連合、分離を様々使い分けて表現する事を奨励出来ます。その際、結合、分離の疎密度を測りつつ注意深く表現する事をお勧めします。
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| 【例】「放送大学附属図書館」=HowsowDaygaku-huzoku-Tosho-kangh又は Howsow-Daygaku-huzoku-Tosho-kangh 又はHowsow-Daygaku huzoku Tosho-kangh=Tosho-kan" |
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書記法の変更とは極めて他言語主に欧米諸語からの言語輸入に目的があります。欧米諸語のうちラテン語系の組織的移転の問題を適切に導入する目的があります。そう云う問題に日本の知識人は協業してこなかった為、其々の手法でばらばらに行なって来た為日本語の中で関連性を維持出来なくなったのです。特に後進の学生達が学的遡及を望む時にそれを阻むものがカタカナ表記でした。或いは固有名詞を調べる時に言語にアクセスする手段が狭められて来たと云う現状でした。この様に日本語に後進性が埋め込まれている事は悲しむべき事と考えるのです。何も欧米諸語が優れているからと云う事を言ってるのではありません。日本が近現代において欧米文化を移植して来た事情があるため、その上に現代が乗っかっていると言う事情を考慮すべきであると云う事です。ローマ字の方から方向を決める事は僭越なので、近現代語の足跡を辿る事だけなのです。/……
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この範疇は書記法についての具体的な提案ですので、書記そのものが最低限明瞭さを失わない様に気を付けたいと常に考慮しながら取り組んでいる積もりです。これ迄の漢字仮名交じり文は漢字に過重な明晰さの負担を掛けて来た為、それも中央のコントロールを特に設けず民間の自由な勝手な造語衝動に任せて来た為、無計画な同音異義語を生み出して来ました。又仮名が不当に責を免れて来ました。仮名はほぼ和語、大和言葉を表記する為の役割を押し付けられ全く重要でないかのごとき位置に貶められて来たのです。今からそれらを矯正することは殆んど不可能です。この状態を引き継ぐ事は止むを得ない事だと思います。その上で現在のレベルを落とさない範囲で明晰さを維持しなければならないと思います。しかし、日本語に元々ある不明瞭な側面を問題にする事はここでは出来ないと言うしかありません。越権と言うか、僭越であろうと思っています。書記法を改める事によって落ちがない様にする事が精一杯です。
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現在の悩みは、色々なアイディア、考え方を総合して行くと結局、整合性を失ったり、思いの外複雑なスペルになったりしますので、再考して簡素なスペルに戻さなければなりません。日本語をアルファベット化すると言う事はこう言うことに苦労してしまうのです。アイディア倒れになりがちな所を、引き戻さなければならないのです。日本文化を側面援護する為には日本大衆が使用に十分耐えるものを創らなければならないのですが、今が一番難所に入り込んでいる所です。
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J'alephabecteの利点は限りなく沢山ありますが……。 ①文書の編集が非常に楽になる事 ②日本語フォントがある時と比べ文字変換作業が全く不要となります。 ③外来語に不要な母音の追加が不要な為、原語に近いスペルで書記出来ると言う事。 ④外来語を導入する際にスペルを折中して日本語に導入し易くなる事。 ⑤外国語論文と抱き合わせる事がし易くなる事(同じアルファベットであることが効率を良くする為) ⑥日本語にとって言語流通が格段に上がる事。 ⑦矢張り何と言っても見た目に美しい事。 |
表記法が軽い事がその言語を発展させることにつながりやすいとます。①文字システムが簡便な事。文字が複雑ではない事。②学習期間が短い事。多様な読み方を許容しない事。一表記=一発音が理想。③意味は派生的な多様性があっても止むを得ないと思います。それが言語の宿命です。 軽いとは①表記システムが簡便で覚えやすい事。現在は12年間以上費やしても難易度の高い習得が終わりの見得ないおぼろげな完成領域にまでには届かないのが現状であります。最長一年をめどに出来るかという判断基準があるか否かだと思います。
表記と発音の一体化は最低限のルールだと考えます。 |
日本は書記法については無頓着ですが、同じアジアの国は国によりばらつきはありますが、中国のピンイン、朝鮮のハングル、ベトナムのアルファベット表記、タイの表音文字、インドネシアのアルファベットなど早くから開発済みの国が多いです。この様に古い書記法には警戒していた国が多いのです。ところが日本では改良にほぼ無関心で近代化を進める事が出来た為こう云う事には手をつけなかったと云う実情があります。日本はいつのまにか排他的な国になっていて外国人のエネルギーを吸収する機会を失っているのです。それを補うインフラがどうしても必要です。日本人自身も世界のエネルギーを吸収する速度が非常に遅いのです。例えば、日本人自身が英語を吸収する事自身が非常に遅いのです。今の日本語のままだと価値を創造するのに手間暇がかかるのですが、英語に乗り替えるのが難儀なのです。日本人に優秀幻想があるので厄介です。日本にカースト制を導入して基礎学問に集中する人種BasicGroupとそれを応用する人種AppricativeGroupに分けるのならテンポは早くなる筈です。 表記法をこのまま放置すると百年単位で国力の衰退が起こるとマジに思っているのです。 衰退するならそれなりの用意が全く出来てないのです。もう護送船団方式ではすすめなくなっているのです。言葉の表記法は情報集積力、発信力に係わることです。情報集積力、発信力を如何にサポートできるかが表記法に求められる筈ですが、日本に於いては日本人同士で分かれば良いんだと言う意識に留まっているのではないかと思います。情報は双方向でこそ生きるとの意識に達していないと思われます。 アジアの中の文字改革に成功した国は順調に行えた訳ではないようです。朝鮮は改革後に焚書による権力闘争もあり、順風満帆とは行かず、庶民の手に渡ってからやっと育てられたと言って良いと思います。中国では共産党指導部が漢字のハンディキャップを良く心得ていた様です。ピンインが普及しなかった為、簡体字を開発し台湾との乖離を招いたのですが、台湾以上に華僑との乖離を招いたとも言えます。ベトナムは知る限りは文字改革は社会に対して貢献度が高いと言えます。インドネシアは多様な民族を抱える為国家統合の手段としての役割を持っていました。いずれの言語に於いても表音文字化の方向に行っており成果を出していると思われます。 |
日本語は子音+母音=開音節が主で、子音で終わる閉音節は唯一の例外として「ん」があると通俗文法では言い慣わされていますが、「ん」は決して閉音節でもなければ子音でもありません。この様な流音は他の言語にもありますが、実際には母音の性格が強く、拍を数える事も出来、中高アクセントを持つ事も出来るものです。過去に日本に中国語音を中心として閉音節的な語が移入されました。そして、その閉音節に母音語節が続くと閉音節の子音に繋がり語頭Nの働きをする事もありました。【例】天皇、尊皇。この様に、伝統的に言い慣わされた単語だけに残っていると言う事になっています。しかし、現在では「ん」が閉音節的な意識がなくなって以来長く続いた為、語頭Nの働きを殆んどしません。【例】恋愛、繁栄。 従ってアルファベットで書く為に[~n]では不十分な事が起きる事を予測すべきと言う事になります。 「ん」の転写は[n]ではなく、別の提案があるべきと言うことになります。それは未だ煮詰めていません。改めて書こうと思います。英語のスペルに[ing]等がありますが、発音上の近似の例です。この[ng]を参考に出来ないだろうかと考えています。
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