「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字

現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!

2016年12月27日火曜日

我々はパソコンで漢字仮名交じり文を生活に引き付ける事が出来たが、それは読み書きではそうなったかも知れない。しかし、能く考えてみれば相変わらず文字変換という余計な作業をしなくてはならないのである。又、社会は少子高齢化で外国人の労働力を当てにしなければならなくなって来ている事が目前に来てしまっているのである。現在、中途半端にパソコンを使いこなしている社会になっているが、日本はもう一度開国を迫られる事になることを覚悟しておかなければならなくなるかも知れないのだ。開国とは何か?新しい日本人を迎え入れる準備も必要なのだ。社会の変化に如何に敏感になっておかざるを得ない筈なのだ。又言葉の役割りについても理解を忘れてはならないだろう。言葉は物と思考を運んで来たり運んで行ったりするのである。物流ではないが概念の流通もあるのだ。新しい日本人の為に日本語学習のハードルを低くする必要があるのだ。
長い名詞の繋ぎ方はハイフンで繋ぐ事が基本だが別案として、各語素の語頭に大文字を立てて直結する。助詞の前後だけハイフンを付ける。
「連用形、連体形の繋ぎ表示」はハイフンを活用語尾に必ず添加する。

2016年12月26日月曜日

2016年12月19日月曜日

促音「っ」は一見後の音節に属する事に見えるが前の音節の終音とも解釈出来るので、促音は独立の字母「っ、c」でも良いのである。【応用】「長音+促音」▶︎「アーッ!」「ahc!」

2016年12月15日木曜日

私はJ'alfabectoでヘボン式と日本式の折衷案を出すのかと言う理由は、現代人が日本的発音を維持しながらも一部ではあるが、ややヨーロッパ式の発音も可能になって来ている事実があるためである。両方混在しているなら両方書けなければならない筈である。特にNHKのアナウンサーでさえ同一アナウンサーが「チーム」と言ったり「ティーチャー」と言ったりする位だからどちらか一方に決める訳には行かないのである。こう言う問題もローマ字運動が見逃してはならない点なのである

2016年12月14日水曜日

日本語とアルファベットとの関わりは、流通されている商品に能く現れているだろう。例えば商品名に は日本語に加えて過剰とも 言えるくらいローマ字が添えられている。或いは、輸入商品はアルファベットのブランドが欠かせないと言って良いだろう。この様にアルファベットは庶民が欲している文化ということが言えるだろう。日本人は既にアルファベット=ローマ字を望んでいると言えると思うのである。

2016年12月9日金曜日

いよいよ音便の記述方法が確立出来たので安心して明瞭なローマ字の記述が可能になった。従来文法での動詞の音便に限らず凡ゆる音便に準じる現象にも適応出来る方法なのである。
音便に似た現象はどの言語にもあるだろう。日本語の場合開音節言語で単語の長さが長くなりがちになっている為音便による同音異義語が余分に増えているのである。これを解消する為の工夫がどうしても必要なのである。
音便の記述方法が確立出来たので凡ゆる方言の記述の記述にも対応出来るだろう。「知っとうと?」▶︎「shirch t'orwh to?」

2016年12月6日火曜日

文字の呼称について

我々日本人の多くは英語の呼称に慣れているらしく、会話の中で英語風の呼称で呼んでいる。しかし、Aはエイではなくエーであるが。英語も本来はヨーロッパ大陸諸語と同様であったものが、母音の長音化とその後に起こったアクセント発生と二重母音化を経験する内、大陸との差が大きく異なって変化したのである。実際の音価とは異質の呼称となった。さて、日本語のローマ字化に於いてどう云う呼称が相応しいかは素朴にヨーロッパ大陸的な呼称にしてはどうかと考える。例えば、ドイツ語の呼称のようにである。

2016年12月4日日曜日

音便の読み方は音便に引き摺られた発音にほぼなるので、特に表記は変えないと云う案もある。例えば未然形[a]が[o]となるようにである。
例①「しよう◀︎」「◀︎せむ」「▶︎せう」②「しそう」「さま▶︎」「さう◀︎」③
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2016年12月2日金曜日

音便
音便は、従来存在していた子音が欠落し他の母音等に変化したもので語の由来を示す意味でも、子音を残し乍らサイレントにする約束が良い筈と考えると下表の様に提案する。
項目結果
①五段活用動詞「連用形撥音便ん」▶︎「子音gh」
②五段活用動詞「連用形促音便っ」▶︎「子音ch」
③五段活用動詞「連用形い音便い」▶︎「子音yh」
②形容詞連用形「西日本型方言連用形う」▶︎「kwh」
④形容詞連体形「連体形い」▶︎「kyh」

2016年11月22日火曜日

2016年10月22日土曜日

日本人がアルファベットに対して抱く感情は①英語などの外国語②自国語をアルファベットで書く事とでは大きく違う様に思う。外国語を書く事はグレードアップの意識を以って一種のコンプレックスである。これは商品名に必ず英語などを添える習慣ににも現れているのではないか?この現象を能く説明は出来るだろうか?コンプレックス以外に

2016年10月20日木曜日

日本語は名詞などの不活用語と動詞と形容詞などの活用語があり、動詞と形容詞の境界は形態的に不鮮明である。学校文法は活用の中に文法上更に区分できるはずの概念をごちゃ混ぜにして形容詞と副詞の境界をワザと取っ払っているようである。だから言う訳ではないが、学校文法のままではローマ字で扱うべき古典語の秩序的整理、導入は出来ないのである。動詞活用は4、5段活用と<2段活用に大別出来るがこの差は有史以前に経緯は不明ながら、語幹が開音節だったか、閉音節だったかの痕跡であろうと考えられるのである。それらに変化語尾のラ行音が膠着して変化活用したものと考えられるのである。後の時代に4〜5段活用動詞は閉音節で語幹が終っていた為に語幹部の子音と直後のラ行音が同化したものと思われる。

2016年10月19日水曜日

ローマ字は様々な表現者に関心を得たいし、関わって頂きたいのであるが表現者の繋がりを表すために表現者の署名に添えてクレジットを書き入れて頂きたいと思う。署名に添えて(J'al(u)phabectah/J'al(u)fah)等と書き込んでみては如何だろうか?
音便に変化したことを示す為には元の音の子音に膠着させるが、変化過程に関わらず起こる音便は変化の順番に無関係に音便を書き入れる。その際は音便に添えた「h」は除く。
ローマ字は分かち書きにする事を推奨されているが、何故推奨されるのだろうか、日本画は漢語の比重が高かった時間が長かったので、ローマ字書きによって大和言葉にも光が能く当たるようになるだろうと期待されるのである。漢字で書くと如何にも重要な概念の様に思わせる事があり概念に軽重も本来ある訳ではなく、表現力の差があるだけなのであるのだから、予断を許すような事はあっては良くないのである。
日本語の中では漢語も大和言葉も同格である。本来日本語は大和言葉を骨格に出来ているものである。ローマ字は反面、大和言葉の復権でもあるのである。
「H」は諸国後に於いても多目的に多用している記号的字母であるが、日本語に取っては音便に使用出来るのではないかと試考中である。
例えば「撥音便ん」→「gh」「イ音便い」→「yh」「ウ音便う」→「wh」「促音っ」→「ch」「単純長音ー」→「h」但し、多用する事で煩雑になると思われる時は「h」は省略の方向で検討する事にしたい。

2016年10月16日日曜日

分かち書きが品詞的な分類に飛躍的な貢献をする事間違いないだろう。

2016年10月4日火曜日

100年後の日本語と言ってしまったが、それは最早日本語と言ってないのかもしれない。何れにしても現代日本語の後継言語である。このままの日本語が変わらず続くと思ったら大間違いであろう!相当な部分は英語に吸収されているかも知れないのだ。現代語が古びても考古学的に掘り起こせるかも知れないのだ。

2016年10月3日月曜日

日本人は英語を学習する前に自国語をもっと能く理解すべきであろう!文法をどうのではない。文法の前段階の語素についてである。どういう語素があってどう働いているかを知っておくべきなのである。

2016年10月2日日曜日

「さ変動詞」は語幹と活用動詞を切り離して記述する。言語学者がさ変動詞と解釈しようとしまいとそれはご自由にして頂くのは構わない事であろう。

2016年9月30日金曜日

分節法は日本語が開音節言語である事から、母音の直後にハイフンを加える事とする。但し記号的に添加した子音文字などは先の音節に含めることにするので、記号的子音の後にハイフンを添加する。
現代人にとってローマ字書きは難度が高い筈である。何故なら現代語の表記自体が品詞と言うものを全く無視して書いているからである。ところがローマ字書きの分かち書きはハッキリと品詞を意識しないと書く事が出来ないのである。同じ音でも品詞が違えばスペルも違うのであるから実際には書くに当たっては相当面倒なことになろう。苦手意識を持つ人間も相当出てくるだろう。その為には国語教師の役割が重要になってくるだろう。従って国語教師がローマ字を能く知っていなくてはならないのである。
狼少年などがたまに発見されて、救出されたりする。人間の手で育てられていない為言葉は発声は辛うじてするが言葉は喋る事は出来ない。それでは人間の手で育てられた人間は何故言葉をしゃべれるのだろうか?それは人間社会がある限りは協業の習慣を残しているからであろう。そして言葉の発生も協業の中で行なわれた筈である。発生も維持も協業という中で行なわれたものと思われる。従ってローマ字書きは共有という事に適していなくてはならないのである。
「ローマ字書きなんて五十音表だけ作っておけば良いんだよ!小難しい事考えたってしょうがないんじゃないの?」と言われるが、そうではないのである。今の内にキッチリスペルの問題をクリアしとかなければ長持ちするものにはならないのである。長持ちするとはスペルを決定するルールを決める事によって、更に先の将来の言葉が増える時に備えられるのである。言葉は世間の共有物である。思い付きでその都度違っては用をたさないのである。しかし、日本語は規則性をある程度持っているのが幸いである。例え個人がスペルを知らなくても、再構できる方法を知っていれば意味のある単語に構築出来るのである。

2016年9月26日月曜日

「分かち書き」という事を今の日本語ではしていないがローマ字書きにおいては絶対に分かち書き=単語を意識して表記しなけれならない。ある意味現代日本人にとってハードルが高いかも知れない。現代日本人までは単語意識が皆無と言って良く全くトレーニング出来ていないのである。従ってトレーニングのために、分かち書きができるように単語訓練をしなければならないだろう。

2016年9月24日土曜日

表記方法を変更して何が変わるだろうか?期待したい点はPCの世界でけ結果を残せるだろうという事である。PCは極めて合理的な機材である。よりPC世界に馴染んでいい結果を出せるだろう。その分析力において。
日本文化の違いに対するアルファベット文化浸透力は決して侮れない現状である。但し日本語としてルールが出来ていないだけなのである。今するべきは適切なルールを作ってておくことなのである。ローマ字が何たるかは現代人なら説明されなくても解ることなのである。ただルールが、全く確立されていないのだ。運用ルールが手が付けられていないのだ。

2016年9月23日金曜日

日本人は能く選択を誤るのは何故だろう?明確に利益があることに対しても躊躇しているのであるから能く解らないのである。私の友人などは論評する事すら勘弁してくれと照れて辞退する始末である。マトモに正面切って考えようとしないのである。ぉれは相当重症である。私はこれは病んでいるのであろうと思う。こういう事は権威などがのさばrあない方が良いと思っていたが、権威の参加はそれなりのルールの中で活動すればいいと思うだけである。

2016年9月21日水曜日

変則的スペルを混在させる件

文章を書いている内に会話文などにあり得る事として変則的記述をしなければならない時があるかも知れないが、ノーマルなスペルは決めておきながら、変則的記述が可能な様にしておきたいのである。

【例】「おもてなし」→「おっもってっなっし」→「o'cmoctecnacshi」

2016年9月16日金曜日

一言語が持つ発音のバリエーションは言語によって千差万別であるとh言え、日本語はバリエーションが少ない部類に属するだろう。理由は閉音節を表記する事が難し或いはキリスト教文化圏であった言語であるという事であった。実際には書記方法が限られているという理由がある。残念ながら開音節文字しかないということである。対極にある言語が英語であろう。英語は文字は完璧ではないがまあまあ揃っている。英語はその成立経緯が二民族融合だった事を以って成立したので発音のバリエーションを持っていた事、国家の成長が拡大過程を持っていたので多くの言語を吸収したからという理由もあったであろう。英語の明瞭さは言語内部の明瞭さを以ってかなり達成されている様にも見える。さて日本語の明瞭さは達成されるものであろうか?

2016年9月14日水曜日

造語のコントロールについて

我々の言語は膠着言語に属し冗長度が高く、造語力が劣る。漢語はその逆である。漢語の造語力に頼り過ぎて過剰な量の言葉を作っては煩雑である。現在、英語など複数の言語を経由してラテン語系の言葉が日本語に入ってきている。日本語はラテン語の直輸入のルールを決めて組織的に輸入したら良いのだ。

2016年9月7日水曜日

新提案はどう拡げるか?

世間にはローマ字で文書を書きたい人物も多いと思う。丁度、世間はIT社会の真っ盛りであるが、私の様にローマ字主義者を公言して憚らない輩は流石に少ない。そこで、こそこそ片隅でサークルを作って運動の拡大を夢みる輩が想像以上にいるかもしれない。私はローマ字で書きたいとアピールしたくても方法が見つからないと思っているかも知れない。そこで、アピールサインを作ってみよう。®️の様な、クレジットマークを作って発信してみてはどうだろうか?一例(R:J/RomJ)更に新たな提案があれば提案箇所に(✳︎=handlename)を付けてはどうか?その様して手を繋げるキッカケを作り、輪を徐々に広げよう!

2016年9月1日木曜日

同音語を避けるには幾つか方法があるが、アクセント記号を使用する事はなるべくは避ける方が良いだろう。特に地方の方言使用者にとり、負担は計り知れないだろう事を考慮しなければならないだろう

2016年8月29日月曜日

ローマ字のスペルを決めるとどういうことか?考えてみたい。①先ず意味を同定する為にである。同定して的確に文章を書く為にてある。更に同音語どうしの混同を避ける為である。②現実的には単語は増える事はあっても減る事はないからである。或いは③言葉は博物的に存在し得る為。墓穴には入る事は殆んど出来ないのである。
日本語に限らず規則性もあれば不規則性も各言語は持っているが、偏重無く表現しなければならないので、当該言語を的確に書き表せなければならないのである。

2016年8月15日月曜日

ローマ字のメリットはかぎりなくあるが、何故採用されないかが不思議なほどである。答えは恐らく一種の好奇の外圧である。外国人が日本の時代遅れの表記方法に興味を示して真似をすると無邪気にも日本人は苦しめられてきた筈なのにももかかわらず滔々と説明をするのである。日本人は非合理性を指摘されればされる程

2016年7月27日水曜日

J'Alfabectoは多くの人が随時参加出来る用意をしてスペルを決定して行くシステムを採りたいと思う。但し現在は日本語の特徴を十分踏まえたスペルを決める為の共通のルール作りをする段階だと認識している。

2016年7月23日土曜日

「眠れる森の美女」とは眠ってるのは森か美女か?日本語はこれを明確にしない。否、出来ない。記号的に区別する方法があるだろうか?/

2016年7月22日金曜日

動詞の活用は四、五段活用と二段活用に大別される。そこで、四、五段活用と二段活用差とは何なんだろうか?四、五段活用の語幹が閉音節だったのでそれに動詞活用の「る」が膠着してRが閉音節子音に同化したものである。二段活用は語幹が開音節だったので、同化と言う事は起こらなかったのである。
活用指標のら行音は弱く他の子音に吸収同化されやすかった。従って、四〜五段活用はR音が吸収された結果であり、二段活用は吸収が起こらなかったのである。この原則は偶然発見したが、これによってローマ字表記に応用出来ると確信するまで掛かったのである。

2016年7月18日月曜日

A-rowI-rowU-rowE-row
aiueo

2016年6月30日木曜日

「母」、「那覇」の様に単語中のは行の発音は[ha]を維持する場合もあるので、[wa]の場合はwha,[ha]の場合はxhaとする。従って母は [haxha]、那覇は[naxha]とする。

2016年6月19日日曜日

同音異義語がを、区別する方法

ローマ字表記を支持する人は多いだろうが、メリットばかりに目を奪われていてはならないだろう。デメリットにも敏感に気が付きながら、対策を怠れないのである。日本語には思いの外同音異義語が多いという事にも応えられる仕組みにしておかなければならないのである。①漢字に由来する単語は言うまでもなく②大和言葉の流れの中にも音便によって同化したものも多い。③本来の大和言葉にも限りなく多いのである。そう言った状況を踏まえてどういう対策が考えられるだろうか。❶アクセントが少しでも違えばそもを捉えるべきだろう。❷同化して表記上区別が難しければ、サイレント表記を仮想復活させる工夫をするべきだろう。❸又、未使用字母を有効利用することも考えたい候補として「CFJLQYWXV」等

2016年6月3日金曜日

古典語と現代語の仕切りを無くす必要がある。

旧仮名遣いからローマ字を書けるようにしておかなければと言うのは、現代語の中にも多くの古典語が使用されているからである。純粋な現代語の定義はないと言ってもいいのである。現代語は、古典語が変遷したものでると考えれば、古典語は当たり前のように現代語に出入りを繰り返しているものである。従って現代語と古典語を共に扱える方法を模索、考慮しながら進めて行く積りである。古典語、現代語の仕切りはないものとしなければならないだろう。

2016年5月19日木曜日

長音の挿入

偶々、単語の一部を長音にしたい時、「-ah-」などとして挿入する。理由は本来のスペルではないと言う意味で臨時に記述するのであるから。

2016年4月30日土曜日

実は日本語はローマ字で合理的に書けるほど体系的に整然とはしてないのは事実である。歴史的な変化をかなり被っており、且つ体系的な部分も残っているので、両方の流れが合流したカオス状態を作ってもいるという事である。尚且つ、外国語とりわけ英語などのヨーロッパの言語にモロに圧力を受けているのである。その意味でカオスの度合いは非常に高いと言えるだろう。

2016年4月16日土曜日

旧仮名遣いを利用する

旧仮名遣いは日本語の体系性の一方の柱である。旧仮名遣いで「くゎ」などは原則「qua」とする。「qwa」とはしない。

2016年4月15日金曜日

ローマ字運動二派の融合を真面目に考える。

ローマ字運動を進める為には❶現在の日本のローマ字運動の二大潮流の五十音表を足して2で割る方式を仮に提案する。その際にヘボン式の促音は採用しない。替わりに促音は「C」を列の子音の前乃至は後に付けて使用したスペルに変更する。更に發音を「Gh」とする。「N」は使用しない❷次に音便の表記を議論し「Y」「W」等を使用して子音を飛び越すルールを作る。❸子音列の異質音を取り決める。「し」「ち」「つ」「じ」「ぢ」「ず」「づ」等。

改革は迅速に!

日本語の通信が文字変換に時間を取られて、結果、緊急の通信に遅れを取ると言う事は本末転倒な事である。折角IT社会を手に入れてる筈であるのに、ITを生かしきれない事になっているのが実情であろう。IT技術は欧米が実現出来たアルファベットの伝統があったればこそ生み出せた技術だったと言えるのだろう。日本は早く基礎的な表記技術もバランス良くIT技術と共に改革をしなければならないと言えるだろう。
否々!必要な議論を間違い無く進める事を躊躇してはならないのだ!

2016年4月8日金曜日

ワ行の子音字を「W」から「V」に変更する。「W」は4~5段活用動詞の子音字の重ねに使用する。
これまで促音は「C」を使用する事を予定していたが、訂正して未使用字「X」を充てる事にしたい。 即ち、「arcta➡︎arxta」。従って「C」はサ行、タ行のイ段に使用し、ザ行、ダ行のイ段には「J」を使用する。

2016年4月7日木曜日

この運動は個別にアイディアを出した所で、ぶつかり合う事はないだろう。交差する事はないだろう!実際にアイディアを形にして議論しなければ見向きもされなくなるだろう。互いに新しいルールを考えて出し合わなければならない筈である。出したアイディアは使用感を確認する為にコンテストしたら良いのだ。

2016年4月4日月曜日

識字率とローマ字的改革

戦後GHQが日本の民主化推進の為にローマ字化に乗り出そうとしたが、実際には識字率が非常に高いとの結果が出た為、この目論見は頓挫した。しかし、私は日本の国内だけを見ているなら確かに識字率は高いかも知れないが、国家が成長し衰退期に入るなどと想像が出来なかった時の調査には今となっては限界があろう。民主化だけを見ている時に少子高齢化社会など予測は付かなかっただろう。 今ローマ字を推進する理由は、日本の国の形が衰退しようとしている時に政策を変えなければならないのは当たり前である。現在の人口で膨張していくのは非常に難しいので、いつかは移民受け入れ推進に転じるだろうことを予測しておいても良い筈である。外国移民に平等に勉学の機会を提供し得るのはローマ字であることと認める事が最善最短である。今後、膨大な高齢者人口を支える事を政策に加えない選択はあり得ないのである。

2016年4月2日土曜日

日本語はこのままの表記を続けるならば色々な意味で生き延びる事は出来ないだろう!絶滅危惧に瀕しても手を付けなければ急速に衰退して行くだろう。日本人の誰一人としてこの危惧を持たないのか?自虐的に英語に席巻されても良いと思っているのだろうか?先ず日本語の中に取り込まれた外国語の表記をカタカナに頼る事はこれ以上無理である。この外国語を検索、調べたくとも正確なスペルが不明な為その先に進めないのである。唯一助けているのは横書きが定着しつつある事位か。

2016年3月30日水曜日

日本語の文法には残念ながら、例えば、動詞の連体形が何処までを修飾しているかの明確な指標を欠いている点などがある。日本語は膠着語である為被修飾部分は後続部分に表れる。長い文章にな場合には何処に被修飾部分があるのか俄かには不明なこともあるのだ。その際にコロンにセミコロン、カンマにコロン、の組み合わせで軽重と遠近の取り決めをしておくことも文脈把握に役立つかも知れない。具体的提案は後稿に。

2016年3月29日火曜日

「ず」「づ」は聴き取り書きでは「zu」「dzu」。活用部分は各々「zu/dzu」活用部分は「dhu」で、「つ」は「thu」

2016年3月27日日曜日

267)改めて漢語系の語尾について

❶語尾「き」「く」は「qwi」「qwu」。「き」と「く」は互換する為。❷語尾「ち」「つ」は「tyi」「twu」としたい。「ち」と「つ」は互換する為。❸古語語尾「ふ」は「hw」。❹語尾「ん」は「ngh/n"」。

2016年3月18日金曜日

266)字母「j」の役目

「J」の字母は単独の音価を表すのではなく、「イ段」に於ける子音の音価が変化を被った事を表す役目と定義する。しかし、このブログタイトル「J'alfabcte」との整合性が取れなくなるので、単独での使用は「ジ」の音価とし、「イ段」の子音の変化は当該の子音に続けて「j」を記する事で変化した事を表す。

2016年3月17日木曜日

265)日本語にも表れる閉音節を表記する。

日本語の中にも止むを得ず表れる閉音節を表す事を準備しておかなければならないだろう。その為には子音を重複して表記する事にする。母音で当該の子音の開音節、同じ子音で閉音節という事になる。同様に、音便に使用する字母「y」「w」「c(ch)」「gh(")」を付けて音便とする。
【例】「書いた(kaky t'a)」「飲んだ(nom"d'a)」「読んで(yom"de)」「良いっす(yiycss!)」

2016年3月14日月曜日

264)従来の表記手段=文字の決定的不可能性

従来の表記方法では外来語を正確に転写できなかった。当然である。文字が無かったからだ。従来は仮名でさえ子音を書く事は出来なかった。これでは日本人の基礎的な検索能力が出遅れてしまう事になっていたのである。これでは積極的な勉学行動が遅れるのは当然である。勉学のタイミングは間髪を入れず絶えず続ける環境があってこそ本物になるのだ。日本人は優秀らしいのだが、優秀な人は条件の不備な所を自らの努力によって切り拓いたのである。ローマ字は更に大衆的に広範に条件を改善する事なのである。ハードルを下げる事により。多くの人が勉学のチャンスを拡げる事になるのである。

263)体系的表現と非体系的表現を同時に解決する

ローマ字は国語教育の負担を軽減する可能性がある。漢字教育の部分がかなりなくなるのである。日本語には果たして漢字の文字体系がある事自体が役に立っていたものなのか疑問であったのである。ローマ字はいきなり日本語の音に触れる所から学ぶ事でもあるから、又、活用語を整然と整理して表現できるので仮名より体系的に表現できるのである。日本語の規則性をそのまま表現できるので教育の現場では便利なのである。しかし、規則性とは言っても、不規則性も紛れ込んでいるので、その問題点を解決する案も用意出来るのである。
sashisuseso
zazjizuzezo
tatji/tchithuteto
dadjidzu/dhudedo
ha/whahihuheho
whahihuheho
bhabhibhubhebho
babibubebo
phaphiphuphepho
papipupepo
fhafhifhufhefho
fafifufefo

2016年3月1日火曜日

262)分離と結合

漢語の単語は長綴では区切り方に非常に難渋する事が日常的に経験する事である。そこでハイフンなどを使って繋いだり離したりする訳であるが、これにはルールを作っておかなければ却って混乱の元となるであろう。例えば「《ケーニヒスベルグ-学術+協会》-叢書-《精神+科学-部門》」をハイフンだけで繋ぐ事は混乱する。適当に括弧で括ったりして纏めなければならないだろう。或いはハイフン=マイナスを分離記号、プラス記号を結合記号として全体を一語として扱うという案もあるだろう。

2016年2月27日土曜日

261)世界と繋がっている日本語

従来表記を書きっぱなしで放置する事は、必ず原語を書き添える習慣が確立されるまでは、更に検索出来る可能性が失われるのである。ローマ字は原語を日本語として読む原則さえルール化しておけば、乃至日本語として定着したスペルを原語に復元するルールが定着していれば、原語に復元して検索出来る可能性が出てくるのである。書き手が書きっぱなしでいられるのは狭い世界を相手にしているからである。書いたものが誰の目に触れるか解らないうちは、人名などの固有名詞は必ず検索可能な様に配慮がされるべきである。

2016年2月26日金曜日

260)論争のある運動に育てる

日本は折角明治維新を成し遂げながら、政治の容量に限度があった様で改革が中途半端に終わった。何故、中途半端になったかと言えば旧体制が古い体質過ぎた事に尽きるのだろうが、西欧文化の分析が全く不十分だった事にもよるのだろう。明治政府は何が出来たのだろうか?国家戦略の研究の前に既に負けていたのではないのか?日本が植民地にならない様にとの思いだけで追いつけ!追い越せ!だけの掛け声で喉を枯らしてしまったのだろう。余裕を持った戦略を誰も立てる事が無かったのだろう。しかし、ローマ字運動はメジャーでは無かったものの幕末から存在していたし、多くのインテリ、学識を持つ者達に支えられながら不幸な事に主に二派に分かれ交わる事が無かったのである。この二派は何が利益になるかの視野を見失ないどちらが正しいかの政治を展開してしまったのである。自らを脱ぎ捨てて論争の場を設ける事を避け、互いに刺激を避けて行ったのである。私は論争の無い所に新たに生まれるものはないと考えているのであるが、こう言う運動は出来るだけ開放して新たな風を通した方が良いのである。風とはローマ字にとっての経験である。経験を積み重ねがより読み易い書き易いローマ字になるのである。刺激の無い所に活性化した、活力のある表現は現れないと確信するのである。

2016年2月25日木曜日

259)「R」と「L」について

大和言葉のラ行は「R」を使用し、漢語のラ行は原語が「L」を使用しているものは「L」を使用する。その他の外国語由来のものは元の使い方に準じる。【例】「林」=「lin"」

2016年2月24日水曜日

258)構文開発は促進される筈である。

日本語にも構文は存在するが、そう言う自覚がなかった事は大変不幸であった。今後日本語の表現がより豊かになる事を期待して、助辞の組み合わせを工夫して行く余地はあるだろう。これまでの表現の中にも豊かな表現力もあったのであるが、開拓者が不足している乃至、継承力が減退したのだろうか、そう言った流れが作られなかったのである。日本語は個人の能力に任せられる事が多くメディアの力が減衰したので新たな表現力も生まれにくくなっている。

2016年2月23日火曜日

257)ローマ字表記は日本語に混乱を与えるだろうか?

ローマ字書きは日本語の姿が多少違って観えるかも知れない。これまでの従来表記では大和言葉は傍に追いやられ、という事は仮名書きで聞き取れた範囲の記述をされてきたのだった。神経を使うのは精々漢語であり、漢字であったのだ。ローマ字で書くという事は凡ゆる言葉、凡ゆる日本語に参入した言葉を平等に神経を使って理解できる様に表記、表現しなければならない事になるのである。日本語の中では格差は全くないのである。書き残して、それが誰にも通じる事を心掛ける事に心を尽くすのである。
ローマ字が日本語を見直し、良い表現模索する切っ掛けになれば良いと思うのである。日本語話者が全員、日本語の豊富化に参加できる事を願っているのである。

256)記号のもう一つの使い方

又、省略記号「'」も疎かにはできないだろう。【例】「お知らせ(o'shirase)」「お肉(o'niku)」等。たったこれだけの事ながら、明晰さは改善されるのである。
歴史的過程をなぞって区別する方法で、古語「おほんohon」▶︎「おおんoon」▶︎「おんon」▶︎「おo」

255)記号の積極的で適切な使用に向けて

ローマ字運動を主導している人達の中には、記号を無条件に嫌う方がいらっしゃいますが、何故でしょうか?記号は適切に使用する事によって明晰さが期待できる筈なのに、何故毛嫌いする様に排斥する理由が見当たらないのである。記号は語素を明瞭に分ける事ができるものもあるので、積極的に必要な部分には適切に使ったら良いのである。逆に続け書きすればする程、同音語が溢れる事にもなるので、好ましい傾向ではない筈である。例として❶ハイフンは語素が意味を保存している限りはシッカリと使い、意味の分離を維持すべきであろう。❷活用する動詞などは終止形と連体形の同形のものが多いので終止形は必ずperiod、連体形はcolonを❸已然形仮定形はsemicolonを、命令形にはquotationmarkをつけて区別すべきであろう。

254)論争と妥協と折衷で道を拓こう!

ローマ字運動発展の為に論争は避けては通れないと思うが、二つの主な流派は論争と同時に一方には折衷的腹案を絶えず持っていなければならないだろう。互いに排他的な志向は収めなければ可能性はほぼ無くなるだろう。たった五十音表だけの差を埋めるだけである。工夫は幾らでも思い付くのである。一旦歩み寄っておいてその先に待っている解決困難な問題に取り組まなければならない筈なのである。

2016年2月21日日曜日

253)接頭辞「御(お)」と「(御)ご」

接頭辞「御」「ご」は漢語に接頭するか、和語に接頭するかの違いであるが、これを取り違える事は日常的にあることである。これに神経質に対応するか、鷹揚に対応するかは個別の選択の次第であるが、敬語の習慣が合理的な習慣であると認識するなら、に叩き込んで適切と思われる使用方法をすれば良いのである。使用するなら接頭辞はハイフンを付けて明確さを出すべきと考える。

252)アクセント記号を限定的に使う

日本語のアクセントは単語毎ではなく、助辞を含めた文節を支配し第一音と第二音の高さが異なるピッチを持つと言う原則になっているので、第何音が下がるか指示すれば良いのである。実際的には第何音の次が下がるかが解れば良いのである。従って「à」「ì」「ù」「è」「ò」と言う記号があれば良いことになるが、これを多用することは煩雑な手間が増える事になるので、アクセントで区別しなければならない単語が一連の文章に複数個登場した時、且つ確実に区別する必要がある場合に使用する。と言うルールが必要である。
アクセントの説明には適切なフォントが見当たらない時は、黒丸❶等を高いピッチに②③等を低いピッチに等規則を設けて説明する事とする。
若しアクセント記号が一文節中に見当たらない場合は、「①❷❸❹ ❺」の様に下がるピッチがないと言う事になる。
アクセント記号の適用の一例として、「死」「詩」などは近接する可能性が高いので、「死Shì」「詩Shi」と使い分けをしておく事が良いと思う。

2016年2月19日金曜日

251)大文字小文字と「ハ行」「バ行」「パ行」の件

大文字と小文字を使い分けると或る効果が期待できるが、ある意味非常に煩雑になるので能くルールを確定しておかなければ問題多い部分である。①助辞を除く単語の語頭に立った時だけハ行音で②その他はワ行音で発音する。但し、助辞の「は」は「wha」というスペルを認めることにする。その理由は、ハ行音が転換したバ行、パ行を表す為に其々「bha」、「pha」とする。何故なら、元のスペルがハ行である事をハッキリさせておく必要がある場合に備えておくべきと考えるからである。バ行パ行の単語は初めから<サイレントと考えても良いのだが、サイレントか否かを明示する事のメリットが矢張り大きいのである。
whahihuheho
hahihuheHo
HaHiHuHeho
babibubebo
papipupepo

2016年2月18日木曜日

250)アルファベット化するもう一つのメリット

日本人の様々な著作には多くの外国人について引用しているものの、学術書を除いて元のスペルを記述する事は殆んど拒否されている。出典を明らかにする事と同時に読者に向けた再検索できる様に配慮する習慣は確立されてないのは非常に残念である。元のスペルを紹介しておく事は恥でも何でもない事である。矢張りアルファベットで書く習慣にしておく事は必要な事であろう。文章は書いてそれっきりではないのである。読者が更に深く調べたくなる切っ掛けになっていく様に配慮があって然るべきなのである。

2016年2月15日月曜日

249)優柔不断さが何事も実現しない原因なのか!

この先、若し表記方法について議論をされないとすれば日本の歴史は再び長い眠りに就くことになるだろう。ローマ字は表現を見直す絶好のツールとなるだろう事に気が付いた者がシッカリ議論を重ね、不備の無いよう万全の書記法に改めて日本語話者、使用者の使用感の優れたもので提供しなければならない、ほぼ義務的な要請に基づくものではないだろうか!

2016年2月12日金曜日

248)ワ行表

ワ音だけ子音が活きる。それ以外は子音はサイレントになる。
J'alfwawiwuwewo
従来表記による発音

247)ハ行同化移行整理

J'alfwhahihuheho
従来表記による発音
ワ行に同化後の発音

2016年2月10日水曜日

246)同形の活用形の区別

下記の③と④、⑤と⑥が同形となる為記号を補助にして区別する。
①未然形②連用形③終止形④連体形⑤条件形
仮定形(已然形)
⑥命令形
③+period、+終助詞④指標記号無し⑤+semicolon等⑥+quotation mark等

2016年2月9日火曜日

245)発音のバラツキに対応する

現代日本語では「チーム」と「ティーム」は並存しているが、「ティーチャー」とは言うが「チーチャー」とは言わない。外来語の定着が必ずしも安定はしていないのである。これをNHKのアナウンサーがどう言うか観察してみれば良いのだが、不安定な状態は変わりないであろう。
こういう事にもローマ字は避けて通ってはならないだろう。飽くまでも使用者の便宜を計ると言うスタンスは崩せないであろう。
表記の方法だけに特化した改革である事を忘れてはならないだろう。同音語を区別出来ない事を姑息な言い換えや、文脈判断にな擦りつける事など以ての外であろう。

244)子音とサイレント

日本語話者の中には①母音を省略して子音で終わらせる人もいるのでHWとして記述する事を予測しておきたい。或いは片方に②フランス語由来の単語には子音を発音しないものもある。①は子音字二個②<は子音字一個で表す事を考えている。①はこれ迄の習慣で促音的に発音したくなるであろうが、促音はCで表現するルールがあるので、例えばサ行の無母音と考えるとわかり易いであろう。

2016年2月8日月曜日

243)漢語由来語の特徴

漢語由来の単語には漢語一字の語尾には決まって語尾などに特徴がある。これを書き分けられるとより読み易くなるであろう。その特徴はタ行音「つ(-thu)」「ち(-tchi)」、カ行音「く(-ku)」「き(-ki)」流音「ん(-n"」二重母音「〜い(-yi)」「〜う(-wu)」であり、限られた音で纏まっているのである。

242)柔軟構造への寄与に向けて

21世紀は前世紀より更に込み入った、厄介な時代になるだろう。ゆっくりと腰を落ち着けてはいられない筈である。その対応の為には凡ゆる側面に於いて柔軟構造を持っていなければならないだろう。その為には実践的戦術を提案しておかなければならない筈である。社会が柔軟に変化に耐え得る構造になっている事が必要であろうという事である。21世紀が諸矛盾、諸問題を解決出来ると予測出来るとは思わないが、制度、思想、国家など凡ゆる側面に柔軟構造を用意しておく事は不可欠であろうと考えるのである。

241)同化した音の表記

同化した音に①「じ」と「ぢ」、②「ず」と「づ」があるが、サ行とダ行を使い分けて差別化に役に立てられる場合は文字として書き分けるべきであろう。【例①】「zji」と「dji」のようにする。聴き取り書き(h&w)は①「ji」「dzu」とする。等。
学習の混乱を避ける為には聴き取り書き(h&w)を先に練習してその後活用書き(application)に移った方が良い筈である。
又同化した音にはワ行音とハ行音がある。ハ行がワ行にほぼ同化する現象の事である。特にハ行はハ段を除いてサイレントになる事も同時に起こっているのでまとめて解決しなければならない。

240)現在の課題

今しなければならないことは①運動主体の統合。②論争とシュミレーション誌の発行。③全国的な企業の出資と参加。

2016年2月7日日曜日

239)ローマ字運動を切り拓く為に

日本には主に二つのローマ字の流派があって覇を競っているが、何故限界に気が付かないフリをして終結を考えてるのだろうか?恐らく運動自体が趣味の延長だからではないだろうか!お互いに譲れないのは全くの趣味の延長でしか無いと言う証拠である!それでなければこんな停滞がある訳がないのだ!こんなに多くの利点を持ちながら、このまま腐らす手は無いだろう!この際身を挺して実りのある形で妥協をしなければならないのではないか!しかし当事者はその方法が見付からないに違いない!自派の方式を棚に挙げてでも身を捨ててこそ見えてくる事がある筈なのに何と言う狭量な運動主体達である事か!驚きを禁じ得ないのである。お互いに拾えるアイディアは認め合い乍ら新たなアイディアを見付け出し検討し合うという事をしなければ、このまま膨大な運動の歴史が残るだけであろう!

238)音便の追加ルール

同様に發音「G」「(')(")」、音便「Y」「W」も「H」を加えた形は音便となる子音に続けて、単独には音節末尾子音直前に現れる場合に使用する事とする。

237)促音「C」のルール

「C」の音価は促音であるが、音便には「子音+CH」とし、単独「C」は音節末尾に現れる場合と子音直前に現れる場合とする。

2016年2月6日土曜日

236)ローマ字開発とインターネット

ローマ字開発には様々な視点があって然るべきであると思うので、参加を多く求めなければならない。従って、ウェブサイトの開設を初期メンバーが集まり次第、始めた方が良いと考える。そして、ウェブサイトで情報を積極的に交流してお互いに刺激を受け、与え、日本語ローマ字表記を構築して行きたいと考える。論争は決着が着いたところからルール化、規則化して行く事にしたら良いであろう。その為には、ウェブサイト上の委員会を設置して民主的なルール化、規則化をして公表して世に問う事にして迅速性を確保したいと考える。
論争の為の言語は取り敢えず従来表記とする。

235)論争、シュミレーション誌の発行主体

論争誌の発行主体発行主体は「日本ローマ字学会」とし、運営方法は学会方式としたいと思う。

234)何故論争誌、シュミレーション誌が必要か?

我々はローマ字開発だけでは食べては行けない事はこの骨が知っている。この開発を買ってくれる企業などある筈がない事は十分解っている。しかし、我々の利益は日本人全体の利益だと解れば、我々に出来る事は旧い運動スタイルを脱ぎ捨てて、シッカリ論争の場を作ってその姿を公表出来る誌面を作ってそれに企業様から広告を出して頂くと言う形を作る事が健全な在り方ではないだろうかと思います。

233)ローマ字運動とは言わない。敢えてローマ字開発と言う。

これ迄のローマ字に対する提案は五十音表を提示するだけの簡便な発想であったが、これだけでは解決出来ない問題が残ったのにも関わらず、その解決方法が誰も思い付かなかったのか、必要性を察知されなかったのか、折角のローマ字運動の意義が後退したと思われるのである。その問題点とは

①音便により同音化した言葉を如何に書き分けられるか?
②アクセントを書き分け、同音語を書き分けられないだろうか?
③適度な記号使用で同音の活用語の書き分けが出来るのではないのか?
④テスト段階で、凡ゆる活用語を展開してみて新たな同音語が生成されていないかを検証すべき事。

2016年1月23日土曜日

232)文化の吸収力を援護する

日本は明治維新前まで漢字文化圏の中で他の文化を吸収してきたが、開国に伴なってヨーロッパ文化圏と接触すると解ったのだから、変幻自在に表記問題を先取りしても良かったのであるが、何故かこの問題だけは乗り遅れた様である。文化は殆んどの場合、他の文化圏から借入されるものである。現在でも発展途上の国々の教育用語はヨーロッパの言語をそのまま使用して行なわれていると言う事実がある。教育言語は受け皿がなければ学生に効果的な理解を与える事は難しいであろう。その点日本は漢字仮名混淆書記の方法を編み出して効果を挙げたのであったが、戦争にボロ負けして植民地以上の屈辱を味わった。戦後の日本は奇妙な屈辱の精神を育んでしまい、寧ろ表記問題は従来の漢字仮名混淆書記から抜け出せなくなった感がある。これでは日本は世界の進化に取り残されてしまうのである。この事に危機感を持てるか持てないかは今後の日本の運命に大きく関わるのであろう。

2016年1月16日土曜日

233)引用辞「と」「って」など

引用辞「と」は「to」、「って」は「と+て」「to+te」なので「t'te」又は「tcte」となると思います。

2016年1月15日金曜日

234)発展の為の議論の場の設定の必要性

ローマ字運動はモタモタしていると社会は無関心という圧殺を行なってくるので、周到に準備しておかなくてはなりません!何を準備するかと言うと、ローマ字運動のそれぞれの流派は相手の批判を影ではしていながら、論争の場を作ろうとはせず静かな囲い込み運動をするのみでした。という事は何をしなければならないかの答えは論争の場を作るという事になろうかと思います。

2016年1月13日水曜日

235)不明だらけの進化「言語獲得」

言語の本質とは何かと云う設問を研究者はする様である。しかし、その様に言語学の範囲で考察しようと(「言語」1994no.10特集)してもその問題提起が正当なものであるか私には解らないのだ。何故なら、どの様な人間の進化も人間になる前の先祖の生存の必然性が解らなければ説明ができない筈と考えるからである。言語は必要だったから作られたとどうしても考えてしまうのだ。言語を必要としたと言う直接的な言い方は出来ないにしても、言語に結実する条件になる素材としての進化があった筈である。その条件とは生産形態にあると考えているのだ。勿論、その前段階の進化があった筈である。現在、見つかっているある種の猿は子育ての為の母親の姉妹による共同作業を発達させていると言う。その共同作業を準備した前段階の何某かの進化に辿り着いていたのだろうと思うがそれがどの様な機能かは解らない。子育ては母親単独ではリスクが多かったと考えた方が解りやすいが、それをしなければ、必然性は何だったのであろうか?単独の母親は育児放棄もあり得る自然の中では子供はどう言う存在だったかなのである。場合によっては、子供を食べる事は大いに考えられる事だったのであろう。子供は一族の継承に不可欠の存在である事は動物の文化にとって親が好むと好まざるとに拘わらず付いて回る生存に不可欠の事である。更に子供は他の動物に食べられることで親が自分の生存も危なくなるという事も危惧するところである。子供の味は親の味でもあるので、子供を守る行為は自分を守る行為でもある訳である

2016年1月12日火曜日

236)言語の流動性を記述する

ローマ字のメリットに重要な要素を考えたいと思います。それは、言語の流動性促進と云う面に注目した点です。言語は常に使用者によって新陳代謝を必然的に促される必要のある存在であると云う事を理解しておかなければならないと云う事があります。言語は常に社会の需要に応じて生み出され捨て去られ乍ら変化する事を運命づけられているのですから、言語の生み出される方の利便性に障害があっては不都合になるという事になろうかと思います。棄てる方は障害は一切無いと考えています。では、生み出され際の障害とは何でしょうか?言語供給が滑らかに行なわれるかという事です。言語供給は他言語グループからの借入が必ず起こる事を予測しておかなければならないことです。その為にローマ字は有効であるが、手放しでは喜べない点は従来の仮名書きと同じではないかと云う批判がある事である。その批判は全く当らない!仮名を使っている間は全く世界に遅れを取ってしまうのは目に見えているのである。世界とは世界との互換性の維持の方が重要と感じるのである。世界とは西洋の事ではなく、グローバルになった世界の事である。

2016年1月5日火曜日

237)実務に供して鍛える


日本語をローマ字にしたからと言って全てが改善する訳ではないが、多くの人が使用する事により各々が改善に参加できる事が必要であると思います。様々な問題が発見されるかもしれないが、逆に言えば通らなくてはならない道であると思う。現代人がローマ字に対する考え方は従来提案された日本式訓令式対ヘボン式の流派と云う稚拙な型式しか知らないのであるから止むを得ないのであるが、この状態から如何に改善して行くかが必要なのである。その為には問題点を顕わにする事が必要なのであろう。ローマ字の規則を作る際に必ず躓く点は整合性と云う問題である。これを決めればこちらが立たず、になるのである。

2016年1月1日金曜日

238)ローマ字運動の進捗

ローマ字運動はモタモタしていると社会は無関心という圧殺を行なってくるので、周到に準備しておかなくてはなりません!何を準備するかと言うと、ローマ字運動のそれぞれの流派は相手の批判を影ではしていながら、論争の場を作ろうとはせず静かな囲い込み運動をするのみでした。という事は何をしなければならないかの答えは論争の場を作るという事になろうかと思います。