「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字

現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!

2012年12月20日木曜日

27)助辞はどんな場合にも分かち書きする

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助辞=助詞は其々固有の意味を持っているので連続させずに分かち書きします。連続させると場合により別の意味になったり、他の意味に紛らわしい事もあるので、敢えてハイフン等で繋げる必要もなく、分かち書きのまま書きます。先行の体言とも接続させず、助辞同士も接続はしません。分かち書きで十分読みやすいし、明瞭な意味分別が可能です。流派によっては助辞を繋げるところもありますが、元の助辞の意味を頭の中で分離出来ない癖の様なものです。分かち書きは意味を維持する有力な方法と信じます。 《for instance》

2012年11月30日金曜日

26)従来型のローマ字運動を否定する訳では無いけれど

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従来型のローマ字運動を完全否定する訳では無いけれど、工夫次第でもっと改善できる部分もある筈です。視点を変え、追加する等改善すべき点は、表音性にばかり集中するのではなく、反面で表意性を補助する技術をも配慮する事が出来るかと言う点にあると考えます。

2012年10月31日水曜日

 
25)文法的誤用はローマ字のテーマではありません。

 
公認のテキスティな文法に拘ることなく寧ろ、大衆的な誤用も書くことが出来ると保証する。出来るだけ文法問題には立ち入らないと言う立場を取ります。 文法に立ち入る時は、必ず、ローマ字を整理して述べる時に限る事にします。

2012年10月5日金曜日

24)接頭辞は本体単語に接頭膠着させるかハイフン等で仕切る

接頭辞は分別する為にハイフン等で明瞭に区別します。ただし語源的な由来のあるもの「お」は[O'~]等と省略記号を利用して明示します。

 
23)漢語の単語単位レベルでは分かち書きをしない

 
漢語による単語は原則膠着して分かち書きをしない。単音節語はそのままです。複数音節で一語を作っていると言う捉え方をしています。但し、音節が多い場合は分離可能な箇所でハイフンで分ける事も考えられます。

2012年9月17日月曜日

 
22)助動詞を分かち書きで明示

 
助動詞は動詞に繋げて膠着させないで、膠着ながら必ず分離して意味素として自立させます。分離が一見不可能に見えても、視覚的には明示する。その目的は、日本語の膠着性によって冗長で読み難い可能性がある爲、意味素に分離して読み易さを援護する爲です。

2012年9月16日日曜日

21)日本語の中心=大和言葉

日本語には古来より漢語を主な語彙補給源として来ました。単純な補給=借用以上にそれを使いこなし、かなり安易で、過剰とも言える位の造語も行なって来ました。明治期以降は漢語に加えてヨーロッパ各国語からの語彙の借用が行なわれ、戦後は溢れんばかりの英語の流入を体験しています。過去に漢語とは造語の用に足りること余りある状態でしたが、造語の簡便さに乗っかって同音異義語の無制限の氾濫となりました。戦後の英語の流入に対しては英語及びその語彙原資であるラテン系言語ギリシア語等に対する十分な理解が行き届いていない事による不十分な語彙管理しかできていせんでした。其々の期間本来の大和言葉に対しての研究は細々とは続いてましたが組織的な制御は出来ず、逆に、奇妙な漢字使用制限という国家からの介入のみを許して来ました。また、敬語使用については熱心に教育現場ではなされましたが、その国家介入は適切な大和言葉の使用奨励とは逆の方向に向いてしまい、不適切な使用の放置政策でその結果責任を若年層に向けられるだけでした。

2012年8月22日水曜日

19)子音をサイレントにするルールを作り音便表示する

 
音便=撥音便、促音便、イ音便、ウ音便の元の子音をサイレントにするルールを決めて音便を読ませる工夫をします。
元の子音を表記しながら無音価にする規則を作り、動詞などの活用品詞を表記する余地を確保するものです。例えば、音便を表示する文字の候補としたいものは撥音便「ch」促音便「nh」イ音便「y」ウ音便「w」。これらを無音価にしたい子音に付け加える。日本語ではこの音便が頻繁に現れるので、これを的確に表示する方法を用意する必要があります。
 

2012年8月9日木曜日

 
17)品詞の当座生成を援護する。

 
日本語では発話中、作文中に使い慣れた形態素を付加して新語、造語を行なっています。この現象に対しても効果的な準備をしておく必要があります。日本語の場合、膠着的な表現習慣の為に、形態素を際限なく付加することによって冗長な単語を作り勝ちになりますし、それに依存し勝ちになります。従来の表記のしかたでは分かち書きの習慣がなかったために品詞の理解が多少不十分であっても発話、作文ができていた訳ですが、分かち書きで意味素を保存、指定する必要があるため効果的な方法で分けて繋ぐ事が必要となり、これに慣れるという事も必要となってきます。しかし、正確な表現の為にはここは避けては通れない部分となります。また、これを自由に行えることは表現者の為に重要な準備と言えます。

2012年8月8日水曜日

 
16)形態素、意味素=単語と分かち書きと文節

 
現在の日本語書記法では単語、意味素、形態素に対する意識は少なく発話習慣に基づいたままを書き連ねるという事をしている為、分かち書きなどという発想そのものが育まれていません。アルファベットで書こうとするとき分かち書きをしないと返ってわかり難い事になってしまうので、適度に形態素に対する意識を明確にさせておく必要があります。形態素に分割させて逆にわかり難いことになる事を避ける方法をいずれかの部分で準備する必要もあります。形態素に分けるという事は意味の連なりを表現する事ですから、分けて繋げるという事を繰り返していくしかありません。

2012年8月1日水曜日

 
15)不規則なスペルは避ける

 
仮に不規則なスペルをしなければならなくなったら、その不規則なスペル通りのことばが改めて登場した時にどうするかを考えておくべきです。不規則性を放置しておくと取り返し難いことになるので、一度決めた規則性は必ず維持しなければなりません。いずれにしても発音とスペルは1:1で一致していなくてはならないと云うことです。例外を設けると云うことは使用者の負担を増やすだけです。英語などの不規則性は別の方法でカバーされているので、比較することは出来ません。不規則なスペルとは外国語由来の言葉を取り入れる時に生じ易いと思われます。外国語はその事情があって決められたスペルになっているわけですから、その事情を承知のうえで取り入れるのであればいいのですが、上記のように不規則なままを表現しなくてはならなくなった場合にどう対応するのかということを予測しなければならないということです。いずれにしても任意のスペルは原則禁止です。

2012年7月31日火曜日

 
14)漢語は漢音と呉音+宋音系を分けると…

 
漢音は終音に特徴があり、規則性がある為、その表記を特徴的にすれば解り易いだろう。漢音の終音は開音節系を除き限られたものしかありません。元の発音は閉音節であったものが日本語に取り入れられた時、母音が追加されたものと思われます。その構成は主に「g/k」「d/t」「f/p」「n」の四系統に整理出来ます。しかし、そのままの子音の使用は日本語の発音習慣にはそぐわないため、スペルの工夫が必要になります。

2012年7月28日土曜日

 
13)造語に逃げる事はやってはいけない。

 
アルファベットで書こうとすると他の同音語と紛らわしくなると云う理由で造語に逃げることは、言語使用者にとっては無関係な事なので造語を押し付ける訳にはいかないので、禁止とする。一例として英語由来の言葉で閉音節語末Rは長音になり易い現象の為、Hで対応するなどを提案。

2012年7月27日金曜日

 
12)長音はその由来に従って書き分けるとわかり易い。

 
日本語にとって長音は極めて恣意的で元の母音が長音であるかは無関係で、アクセントのある音節であったり子音があったりします。その原形を表記する事はアルファベットの主旨に反するので矢張り長音として表記されなければなりませんが、元が母音だけの長音だったか、子音由来の長音だったかを表示しておくのは必要悪かもしれません。

11)拗音を記号化するか別字にするか検討する

記号化するとは、字母の中にウムラウトの様に記号を追加するものです。別字にするとはya、yu、yoのように子音として表す事です。拗音は子音を口蓋化したり円唇化したりするので、その場合み別字を特定すべきかもしれない。それ以外の拗音は記号化すれば発音の実態により近いと考えます。

10)音便のための促音、撥音用の字母が必要になってくる。  

 
撥音「ん」は日本語の唯一の閉鎖音の子音との誤解があり「n」で事足りると考えられる傾向にあります。これを適切に表す字母は今のところ無いと言っていいでしょう。避けては通れないので何らかの提案はしておかなければなりません。また、促音「っ」だけを表す字母は別項に纏めた通りです。即ち、音便を適切に表さなくてはならない事や外来語の習慣的促音も場合によっては、表現する必要もあるわけです。音便はイ音便、ウ音便、撥音便、促音便がありますが、特に、撥音便と促音便は日本語独自の発音なので、丁寧に考えたいと思います。
促音、撥音の為に字母が必要との考えは頭脳の中では可能ですが、今実行出来る環境ではないので、「促音」は「C」「CH」「撥音」は「GH」「"」を提案します。

 
⑼少しの差で同音異語の区別がつく

 
日本語は同音語が可成多いため、品詞の特徴、アクセントの記入、音便の記述の仕方等を工夫することによって判断材料を提供することが出来ます。

 
⑻アクセント表記が必要になってくる

 
アクセント記号で同音語の区別がつく場合には積極的に使用したらどうだろうか?①アクセント規則は日本語各地域でアクセントの種類が違うので一概に扱う事は出来ないが、首都圏地域語では比較的安定しているのでこの記述は可能です。②アクセントはピッチアクセントである。③アクセントは文節を単位として行なわれる④第1音節と大2音節のピッチは必ず違う。/以上の規則からなっている。

 
⑺音便表記を工夫して同音異語の区別をする

 
これ迄の各流では音便表記については、ほぼ言った通り聞こえた通りの表記しか考えてませんでしたので、同音異義のものの書き分けなど思いも及ばない事でした。この様な事にも答えを出してこそ使用者が安心して使用出来るシステムにしておく事が避けて通れない事を自覚しておくべきだったと思う訳です。音便に限らず同音語の書き分け、外来語の表記をひとつひとつ適正な形で導入できるようシステムを用意すべきです。

 
⑹音価の表記方法を決める!

 
音価を決める事は思いの外難儀な事です。日本語は所々で拗音などによる子音の変化を受けているのでこれを何処迄表現するかによってよって流派も分かれるくらいですから、ここで合理的な判断をしておかないと、使用者にとり負担を強いることになるのです。具体的には「し」「ぢ」「じ」「ち」「つ」「づ」等があります。

2012年7月19日木曜日

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⑸従来のアルファベット運動は

 
日本語表記について憂慮したグループとして数流のかな文字主義者と、数流のローマ字主義者が存在しました。ローマ字主義者達は五十音をどう表記するかに腐心しましたがひとつひとつのスペルについては概ね無関心でした。またローマ字運動の拡大には関心を示しましたが、肝心の五十音すら確定出来ない部分(同音異語の発生などの解消について等)には今後の歴史に、或いは使用者大衆の手に委ねられるべきとして、案として提出する事を怠って来ました。 私達は学校で習った数流のウチのひとつの五十音表を思い出し繋ぎ合わせてスペリングしているのが実情ですが、趨勢だけを見る限り、ヘボン式が英語に潜入できる点で優位にあると言わざるを得ないでしょう。日本語独自の表現としてではなく英語に取り込まれる日本語と云う位置付けにおいてです。 ローマ字アルファベットは言葉の構造、特に日本語の動詞などの語形変化を明確にすることに最適なツールであることは一部の流派では自覚を持っており、まさにこの点をローマ字運動の軸にしているようです。 しかしながら、ローマ字と云うのは日本語の構造を根源的に表記できるかと言うと現状では大変難しいと言わざるを得ないだろう。 日本語の構造に因る適切なスペルの開発をしてこそ後世に残る表現方法たり得ると思います。

 
⑷ローマ字バイツール論

 
日本語の表記をローマ字書きに変更しようと云う提案では無いことをハッキリさせておきたいと思います。私は日本語書記法が漢字仮名交じりから脱却することが如何に困難なことかは熟知している者です。ですから、この目的はあくまでも表記のバイツールとしての位置付けとかんがえています

2012年6月28日木曜日

⑶新しい提案へ

言語の危機とは別に言語接触と云う事に触れたいと思います。過去世界のいたるところで言語接触は当然の事として存在し、その事によって相互の言語が変容し豊富化するなど変化のあらゆる様態を経験しています。それらは宗教の波に乗って、政治の波に乗って、移民の波に乗って、強制移住の波に乗って実行されて来たものです。それでは、今後の日本語にとってどの様な言語接触、言語変化があり得るでしょうか。それは、既に起こっている社会的な変化によって予測がつくものです。その予測の是非は敢えて考慮が不要と考えます。社会的な変化とは人口減少です。
これに対応する政治的施策が組織的な移民政策に傾く事は事の良し悪しは別として新しい波として押し寄せて来る事はあり得る事と考えざるを得ません。政治的には新規の移民法として提出されてくるとも思われます。しかし、その様な具体的な政治的アプローチは現在は寡聞ながら聞いてはいません。
移民の受け入れについては日本は極めて閉鎖的な法制度しか用意されておらず、世界的な人口移動の活発な流れからは遥かに遅れをとっていると言わざるを得ません。移民=人口移動への圧力は早かれ遅かれ強まると考えられますが、それから実現までの道程は見通しが立ってないと言えます。 そこで日本語使用の拡大は当分先の話になる訳ですが、とは言っても労働人口の受け入れは大きくはないものの先行的に現在でも起こっていることも事実です。
新しく参加する日本語使用者に対して用意すべきこととして、習得コストと負担の軽減を考慮しておくべきではないかということに思い当たるのです。 負担の軽減には日本語には仮名があるので、それで良いではないかという考えもありますが、従来の漢字仮名交じり使用者との現場的格差は非常に大きいものがあり、それが日本では忽ち無用な差別に直結する構造を有しているだろうと断じます。
私はそれを全く新規の方法論で準備すべきと考え、それは日本語のアルファベット書記法を新たに起こして提案する道を模索したいと思います。具体的には続稿とします。

2012年6月16日土曜日

⑵言語の危機とは?

そもそも、言語の危機とは何を指すのだろうか。
⑴ひとつは消滅の危機です。世界には多くの絶滅した言語があったという事は知られているが、その殆んどは帝国主義、植民地主義の餌食になった言語だった。例としてアメリカ先住民族の言語。
⑵又有史以前、以後にはがそう云う歴史を推測される消滅言語があった。例としてケルト語。ただし、ケルト語は少数言語として現在、復活し、保護されている。
⑶大言語においてドメスティックな使用法についての評価。例として過度な外来語導入に対する批判等、若年者に対する年長者の言葉使い批判等。

2012年5月4日金曜日

⑴初めに日本語の危機とは?

私達は日本語という環境の中で現状をほぼ何の疑いもなく当たり前のように生活しています。しかし、国は国語としての位置づけで政策を立案実行しているでしょうが、現在迄の文科省のしていることは漢字使用制限とか敬語とかに気を取られて、本来の大和言葉自身に対する政策は殆どなく日本語を放置しっ放しでした。その間、日本語は各分野にわたって無秩序な外来語の流入を許したため、学問分野、産業分野で齟齬の多い表記方法に溢れ、それらを習得に臨もうとする若年者に無用な負担とコストを強いて来たし、し続けています。日本語は元々、習得にとっては漢語使用の習得のためのコストの高い環境にありました。どんな言語も習得のためにはかなりの年数とコストがかかるものですが、日本語の場合その規模は格段に大きいものでした。もしそのような自覚が有れば日本語を負担の軽いものにして行くと云う発想もどこかで生まれたかも知れませんが、とうとうこれ迄そのような発想のあった事を見聞したことはありません。日本語の改革と云ってもそれ程緊急のこととは感じられないでしょうから後回しにされがちですが、百年単位のスパンで戦略を立てると云う発想には疎く、得意でない日本人のことですから、何をどうして良いかわからない筈です。日本語は日本国籍所有者に限らず、日本語話者の共有財です。それでは、日本語にとっての危機は存在するのでしょうか?まず、水村美苗「日本語が滅びるとき」2008ではどういう危機感を持っているでしょうか?