| 従来表記を書きっぱなしで放置する事は、必ず原語を書き添える習慣が確立されるまでは、更に検索出来る可能性が失われるのである。ローマ字は原語を日本語として読む原則さえルール化しておけば、乃至日本語として定着したスペルを原語に復元するルールが定着していれば、原語に復元して検索出来る可能性が出てくるのである。書き手が書きっぱなしでいられるのは狭い世界を相手にしているからである。書いたものが誰の目に触れるか解らないうちは、人名などの固有名詞は必ず検索可能な様に配慮がされるべきである。 |
■ローマ字運動は一日にして成らず哉也!
■現在開発中ですが、J'Alfabectoのクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。
■抑も(そもそも)日本語をアルファベットで書けないという理屈もないだろう?■不揃いなアジアの先達に学べ!
■従来型の五十音表換字一辺倒のローマ字運動その❶/その❷等には長い間のご活動に感謝致します!■従来型の五十音表を棄て、音便を表記可能な百音表へ転換しましょう!
■方式•流派主義を棄て、総ての人の参加とクロストーク/ブレーンストーミングを通 して。
■ 文字変換不要の親IT的日本語へ‼■J'alefabèctoで新しい時代を切り開こう!■我五百年、千年後の田畑に鍬を入れ、種を蒔かん!■伝統表記も心の片隅に置き乍ら!
「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字
現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!
2016年2月27日土曜日
2016年2月26日金曜日
| 260)論争のある運動に育てる |
| 日本は折角明治維新を成し遂げながら、政治の容量に限度があった様で改革が中途半端に終わった。何故、中途半端になったかと言えば旧体制が古い体質過ぎた事に尽きるのだろうが、西欧文化の分析が全く不十分だった事にもよるのだろう。明治政府は何が出来たのだろうか?国家戦略の研究の前に既に負けていたのではないのか?日本が植民地にならない様にとの思いだけで追いつけ!追い越せ!だけの掛け声で喉を枯らしてしまったのだろう。余裕を持った戦略を誰も立てる事が無かったのだろう。しかし、ローマ字運動はメジャーでは無かったものの幕末から存在していたし、多くのインテリ、学識を持つ者達に支えられながら不幸な事に主に二派に分かれ交わる事が無かったのである。この二派は何が利益になるかの視野を見失ないどちらが正しいかの政治を展開してしまったのである。自らを脱ぎ捨てて論争の場を設ける事を避け、互いに刺激を避けて行ったのである。私は論争の無い所に新たに生まれるものはないと考えているのであるが、こう言う運動は出来るだけ開放して新たな風を通した方が良いのである。風とはローマ字にとっての経験である。経験を積み重ねがより読み易い書き易いローマ字になるのである。刺激の無い所に活性化した、活力のある表現は現れないと確信するのである。 |
2016年2月25日木曜日
2016年2月24日水曜日
2016年2月23日火曜日
| 257)ローマ字表記は日本語に混乱を与えるだろうか? |
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ローマ字書きは日本語の姿が多少違って観えるかも知れない。これまでの従来表記では大和言葉は傍に追いやられ、という事は仮名書きで聞き取れた範囲の記述をされてきたのだった。神経を使うのは精々漢語であり、漢字であったのだ。ローマ字で書くという事は凡ゆる言葉、凡ゆる日本語に参入した言葉を平等に神経を使って理解できる様に表記、表現しなければならない事になるのである。日本語の中では格差は全くないのである。書き残して、それが誰にも通じる事を心掛ける事に心を尽くすのである。 ローマ字が日本語を見直し、良い表現模索する切っ掛けになれば良いと思うのである。日本語話者が全員、日本語の豊富化に参加できる事を願っているのである。 |
| 255)記号の積極的で適切な使用に向けて |
| ローマ字運動を主導している人達の中には、記号を無条件に嫌う方がいらっしゃいますが、何故でしょうか?記号は適切に使用する事によって明晰さが期待できる筈なのに、何故毛嫌いする様に排斥する理由が見当たらないのである。記号は語素を明瞭に分ける事ができるものもあるので、積極的に必要な部分には適切に使ったら良いのである。逆に続け書きすればする程、同音語が溢れる事にもなるので、好ましい傾向ではない筈である。例として❶ハイフンは語素が意味を保存している限りはシッカリと使い、意味の分離を維持すべきであろう。❷活用する動詞などは終止形と連体形の同形のものが多いので終止形は必ずperiod、連体形はcolonを❸已然形仮定形はsemicolonを、命令形にはquotationmarkをつけて区別すべきであろう。 |
2016年2月21日日曜日
| 252)アクセント記号を限定的に使う |
| 日本語のアクセントは単語毎ではなく、助辞を含めた文節を支配し第一音と第二音の高さが異なるピッチを持つと言う原則になっているので、第何音が下がるか指示すれば良いのである。実際的には第何音の次が下がるかが解れば良いのである。従って「à」「ì」「ù」「è」「ò」と言う記号があれば良いことになるが、これを多用することは煩雑な手間が増える事になるので、アクセントで区別しなければならない単語が一連の文章に複数個登場した時、且つ確実に区別する必要がある場合に使用する。と言うルールが必要である。 |
| アクセントの説明には適切なフォントが見当たらない時は、黒丸❶等を高いピッチに②③等を低いピッチに等規則を設けて説明する事とする。 |
| 若しアクセント記号が一文節中に見当たらない場合は、「①❷❸❹ ❺」の様に下がるピッチがないと言う事になる。 |
| アクセント記号の適用の一例として、「死」「詩」などは近接する可能性が高いので、「死Shì」「詩Shi」と使い分けをしておく事が良いと思う。 |
2016年2月19日金曜日
| 251)大文字小文字と「ハ行」「バ行」「パ行」の件 |
大文字と小文字を使い分けると或る効果が期待できるが、ある意味非常に煩雑になるので能くルールを確定しておかなければ問題多い部分である。①助辞を除く単語の語頭に立った時だけハ行音で②その他はワ行音で発音する。但し、助辞の「は」は「wha」というスペルを認めることにする。その理由は、ハ行音が転換したバ行、パ行を表す為に其々「bha」、「pha」とする。何故なら、元のスペルがハ行である事をハッキリさせておく必要がある場合に備えておくべきと考えるからである。バ行パ行の単語は初めから<サイレントと考えても良いのだが、サイレントか否かを明示する事のメリットが矢張り大きいのである。
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2016年2月18日木曜日
2016年2月15日月曜日
2016年2月12日金曜日
2016年2月10日水曜日
2016年2月9日火曜日
2016年2月8日月曜日
2016年2月7日日曜日
| 239)ローマ字運動を切り拓く為に |
| 日本には主に二つのローマ字の流派があって覇を競っているが、何故限界に気が付かないフリをして終結を考えてるのだろうか?恐らく運動自体が趣味の延長だからではないだろうか!お互いに譲れないのは全くの趣味の延長でしか無いと言う証拠である!それでなければこんな停滞がある訳がないのだ!こんなに多くの利点を持ちながら、このまま腐らす手は無いだろう!この際身を挺して実りのある形で妥協をしなければならないのではないか!しかし当事者はその方法が見付からないに違いない!自派の方式を棚に挙げてでも身を捨ててこそ見えてくる事がある筈なのに何と言う狭量な運動主体達である事か!驚きを禁じ得ないのである。お互いに拾えるアイディアは認め合い乍ら新たなアイディアを見付け出し検討し合うという事をしなければ、このまま膨大な運動の歴史が残るだけであろう! |
2016年2月6日土曜日
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