「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字

現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!

2015年4月30日木曜日

177)動詞活用表パターン

[1]動詞[2]基本形[3][4]単語[5]活用型[6]
[7]意思未来形
「あ段+む
▶お段+う」
[8]否定形
「+ない」
[9]連用形
❶「+て」等
音便形❷「+ます。」
[10]終止形
❶終止形終了型
❷終助詞終了型
[11]連体形
「事」
[12]仮定形
「+ば」
[13]已然形[14]命令形
❶「ろ」型
❷「え段」型
[15]命令形❷
「よ」型
[7]a+mu/omw[8]nay[9]/[10].[11]+koto/
+mono
[12]ba,[13][14]!
re!
[15]yo!
[7][8][9]rchte/r"deY[10]o! Ne!wa![11][12]<[13]/td>[14][15]

2015年4月29日水曜日

176)同形の形容詞と助動詞 は区別しない

ここでは文法的見解を特に主張する立場を取らないので、飽くまでも形態的に同形、同活用なら同じものとして扱います。一例として「無い」は形容詞と捉える場合と助動詞として捉える用法的違いがありますが、活用は殆んど変わりありません。文法的解釈に立ち入らない立場なので、同じ物として扱う事にします。
未然形連用形終止形連体形已然形/仮定形命令形
nak'ara/nak'aromwnak'arc t'a/naku/nokwnaki./naky./nay.naki/naky/naynak'ere banak'are!
なから/なかろうなかった/なくて/のうない。なき/ないなけれなかれ

2015年4月24日金曜日

175)日本語にとって構文文法は可能か?

 
日本語は膠着語の一つなので、英語中国語の様に構文を組む事が出来ません。そこで、日本語は大量の中国語を取り入れて熟語(単語、四字熟語)を増やして簡潔さを図ろうとしていたのですが、却って単語を増やし過ぎて重い言語になってしまいました。却って大和言葉の中の関連性を持っている言葉の連携を失ってしまいました。日本語は古代には一つの語素が様々な品詞に展開する性質を持っていましたが、その様な把握を教育現場で伝えられた事は遂にありませんでした。漢字には頼り乍ら、自らの言語を見つめ直す事はなかった乃至は殆んどありませんでした。ローマ字運動とは別のテーマではありますが、日本語を簡潔に軽量化する事は常に考えておかなければならないことだと思います。その為には日本語が構文を作れるかの研究も片方にしておくことが必要かと考えます。一例として引用の助辞「と」は文章の流れとは一線を画す要素の為にこれが受け手となって構文的組み立てを投入する事を研究する価値があるのではないかと先ず考えます。
 

2015年4月21日火曜日

174)ローマ字は戦略として考える事が出来ます

日本では言葉の問題が戦略事項に入っていない事が、非常に奇異に感じます。戦略と言っても戦争の事ばかりではありません。寧ろ、生存の為の豊かさの為の戦略と言って良いと思います。だから、個人のレベルでも国家のレベルでも考えておくべき問題である事は変わらないと言えます。ところが、戦後、占領軍は日本に表記方法を変える働き掛けをしようとしたのだけれど優先課題の問題で実現しなかったと言う。明治維新直前には前島密が幕府徳川慶喜に漢字御廃止の儀建白書を出した時から権力者の問題意識の中にはありました。更に明治維新以降も論議は続いたのですが、多数派を得るには至りませんでした。しかし、決して今からでも遅くはありません。百年単位で考えるのが戦略と言うものです。我々のお互いの子孫の為にに豊かさを用意することが我々の共有すべき課題です。その為にその方法を創り上げておこうとしています。それを狂気と言われようと嘲笑されようと、寧ろ光栄に感じる位です。

 
173)ローマ字の綴り方の為に必要な考え方

 
ローマ字の綴りの問題は文法的知識がある程度解った方が良い場合もありますが、必ずしも必須とは限りません。必要な知識は意味の単位の認識であると思われます。
文法的考察は言語学者にお任せする事にして、今ここでは、 意味を区別出来る限りの単位にして形にする事だけを考えたいと思います。言語学的詮索には立ち入らないと言う事です。

2015年4月20日月曜日

172)ローマ字運動の貧困と復興

ローマ字運動は江戸末期(徳川慶喜へ出された前島密の上申書等)から始まって、明治維新直後から更に覚醒者(物理学者を中心として)が何人も現れたが、悉く敗北している。団体を立ち上げた所は戦後まで生き延びているけれど運動を維持しているメンバーは既に高齢化しており、活発な運動とはなっていない。流派に分かれたまま其々の城に閉じ篭って共通の論戦の場を最早持っていないのです。それではこの先ローマ字運動は偶に現れる覚醒者が細々と繋いで行くしかないのだろうか?団体を大合同して綴りは各流に任せて、論争は論争で個別にすれば良いのではないだろうか?先ず論争の低下は避けたいところですが、もっと必要な事は、ローマ字の筆記作品、実際、実務的提起が必要なのです。

171)明治以降のローマ字運動の歴史マトメ

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(出典Wikipedia)
人名事跡、書名等
明治2年 南部義籌(よしかず)「修國語論」「文字ヲ改称スルの議」(建白書)
明治7年 西周(にしあまね)「洋字ヲ以テ國語ヲ書スルノ論」
明治18年 「羅馬字会」設立。メンバー/ 矢田部良吉、外山正一、山川健次郎、北尾次郎、寺尾寿、松井直吉、隈本有尚等。羅馬字会はローマ字綴りとしてヘボン式ローマ字を採用。
但し、田中館愛橘が、五十音図に基づくローマ字綴り(のちの「日本式ローマ字」)を提案
明治38年ローマ字ひろめ会」(RHK)ローマ字論者の大同団結を図る組織として、綴りは会員各人の自由とされた。しかしその後、会としてヘボン式を採用した。日本式論者は離れた。
1921年(大正10年)日本式論者は別に「日本ローマ字会」を組織した。
1913年寺田寅彦『Umi no Buturigaku(海の物理学)』
1914年日本式論者田丸卓郎『ローマ字国字論』
1909年「日本のローマ字社」(NRS、)設立機関誌『Rômazi Sekai(ローマ字世界)』
戦後?日本ローマ字会と日本のローマ字社は分かれ前者は京都を、後者は東京を本拠とする訓令式ローマ字の推進団体となった
1990年代日本ローマ字会の会長に梅棹忠夫、日本のローマ字社の理事長に柴田武が就任。二団体の大同団結が図られ、合同大会が開催されるまでになった。

2015年4月16日木曜日

170)言語の特質を見詰めて

吉本隆明は言語の表出についてヤケにとらわれて批判軸を作ったのだと思いますが、私はもはや言語は交換価値です。言語は個性ごとに財布に入っている持ち合わせが不均一です。使用量もマチマチです。しかも、為替レートも個性間ごとに違います。この交換価値を迅速に行う事がグループ化したどうしの利益に繋がる筈です。私のローマ字研究はこう言う関心の下に進めています。
ここで日本語と言わないのは国家的利益丈を言いたいのではなく、飽くまでも日本語使用者の利益が優先していると考えているからです。同じ事ではなく、新規参入者と後進の利益を考えているからに外なりません。

2015年4月13日月曜日

169)ローマ字表記と言語による適性

日本語は極東北ユーラシア的な膠着辞を繋ぎ合わせて文章を構成する言語です。文章のニュアンスは述語部分に集中するなどの傾向が強く出やすい言語です。日本語は極東北ユーラシアの言語的骨格を持ちながら、太平洋の南島の言語とも濃厚に接点を持ちながら発達して来ました。寧ろ南島の発音傾向に重なる部分を持っています。それに対して統語法に依存した言語が英語、中国語等です。これらの言語は周囲に屈折語や膠着語に取り囲まれた商業言語としての役割をもって発達したものです。統語法的言語は外形的な指標をほぼ削り落とした分を構成、構造で表現せざるを得ないため、単語を軽量化する事には優れていますが、我々言語感覚からすると機械的、無機質に感じられます。翻って膠着語は屈折語等と同様外形的に辞や屈折を増やす事になり、重量化を免れません。日本語のローマ字化を考えるに当たり、日本語の重量はそれ程問題にならないだろうと私は考えています。確かに重量はことばの過剰な冗長さを生みますが、却って冗長である方が読む行為に対しては適度なテンポとゆとりを与える方に働くだろうと思っています。

2015年4月7日火曜日

168)表音化の必要な訳

日本語を世界の表音文字即ちローマ字で書いておく事は日本語にとっても世界の諸外国にとってもフォントのボリューム装備を楽にする事に繋がります。お互いに言語習得のチャンスが増えるのです。現在の文字組織では世界に全く晒す事が出来ません。最低限表音文字にしておくべき事です。日本語は複雑な文字組織です。余程日本語に興味を持たなければ入り込めない組織です。壁が高過ぎます。日本語には例外的表記が多いこともハードルをあげている原因です。このことに正直に気が付いて、不幸な表記から脱却すべきです。バビロニアシュメール楔形文字は大変優秀なレベルを維持し栄えましたが、結局伝播力が発揮出来ず長い時間を生きる事は出来ませんでした。バビロニアシュメール楔形文字の組織は音訓が入り混じった日本の表記と同じ原理だった事を思い出して頂きたいと思います。

2015年4月6日月曜日

167)古代の日本語成立史を推測してみる

 
日本語は有史以前に子音で終る語素があって、流音「ら行音」で始まる語素を吸収したと思われます。残念乍ら、採用した文字組織が子音を全く表現出来なかったために、記録に残せなかったのです。動詞に五段活用と一~二段活用とがあるのはその辺の事情があったであろう事を暗示しています。五段活用は語幹が子音で終る語素だった為活用語素の「ら行音」が語幹に同化したものと思われます。上下二段活用は語幹が母音で終わっていた為活用語素「ら行音」がそのまま付いたものと思われます。日本語の発達の経緯を辿れないのは採用した文字組織が原因だったであろう事が推測されます。

2015年4月2日木曜日

 
166)記号を上手に利用すると……

 
記号使用は有効であれば積極的に使用した方が明晰な表現が出来ます。例えば、①動詞終止形と連体形は現代語においては同形ですが、これを区別する為に終止形には「.(ピリオド)」を打ち、連体形には例えば「+」or「,(コンマ)」を打つなど考えても良いのでは無いかと思います。
又②動詞命令形と仮定形(已然形)が同形の為命令形に「エクスクラメーション(!)」、仮定形(已然形)には「セミコロン(;)」を加える等考えられると思います。
活用形は時として本来の目的から拡張されて使用されます。③連用形中止法は命令文の意味合いで使用される事もあります。「止めて!」等。④仮定形は疑問文を作る場合があります。「止めたら?」等。この様に用途を拡張した場合は適度な記号の添加をして明晰さを補強出来ます。