「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字

現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!

2015年8月18日火曜日

215)分かち書きへの理解

現行の漢字仮名文字混交文では分かち書きは行われていない且つ論争すら見聞もしません。但し、仮名文字で外国人の書く文章などには分かち書きが行われているのを見聞します。又、点字でも行われていると聞きます。ヨーロッパでは分かち書きを始めたのは6世紀アイルランドからヨーロッパ全域に拡がったと言う事です。表音文字が始まって以降もギリシャ語、ラテン語においても分かち書きではなかったということです。しかし、一旦分かち書きの方法を獲得すると、その利益は広く認められたのだろうと思います。特に日本語においては文節の始まりも意味しますから、アクセントの位置も決め易くなりますので、意味の区別にも役立つ事になります。
分かち書きについての厳密な考え方は各言語集団によって微妙に違います。端的に言うならば、何処で区切るかと言う事です。どの部分を単語と認識するかと言う事です。分割した後の品詞呼称も含めて、各言語集団の選択に任せられているので、一般的な原則と言うものはないと言えます。
恐らく仮名文字運動家も分かち書きを考えたかもしれませんが、仮名文字で分かち書きするとぎこちなさが出てしまうと考えたのではないかと思います。日本語は助詞が頻出する為、その様に感じたのも頷けます。又分かち書きをせず、助詞等を連ねて書く文節分かち書きをするには幾つかハードルがあった筈です。但し、仮名文字書きには可能性が多くあった筈と思います。平仮名カタカナの問題は残りますが、工夫の余地は十分あったと思うのです。いずれにしても日本の表音化運動は力が弱かったと締めくくるしかありません。
分かち書きの主目的は意味素、語素が音の連続から区切られて意味を明確にさせるところにあります。
歴史的には分かち書きは古いものではないらしく、ラテン語も英語も単語の区切りはない状態で始まった様です。単語に区切る事は主観の入る事である様だ。確かに英語の「to」と「ing」には共通の機能があり乍ら、前者は分離し、後者は後接、膠着するので、分離と後接の選択には任意の主観が働いていると思えるが、どの様な基準があったかは不明だ。ドイツ語との比較で/……

2015年8月16日日曜日

214)適用例

 
現代人は由来を知らないまま誤記してる場合がありますので、分かる範囲で指摘しておきたいと思います。
No.従来表記J'lefabechto
旧字体新字体想定旧字体J'alefabechtoJ'alefabechto
①そのやうだ。その様(やう)だ。so no yau d'aso no yow d'a
②さうせむそうせう。soh se musoh shiömw
③用がない用がない。yow ga nakyyow ga nay
④遣り様だやりさうだ。yarri samad'ayarri somw d'a
 

2015年8月14日金曜日

213)ローマ字が現実的に必要だと言う理由

ローマ字運動は政治とは一線を画す意味で「日本人」と「日本語話者」とを区別すべきと考えます。日本語話者は既に生まれて以降の大半の日本人が含まれる事は当然ながら、国籍に関わり無く使用している方もいれば将来の話者もいる筈です。新たな話者の参入を想定する事は至極当然であると考えます。新規参入者は従来型の日本語教育に負担がありすぎると思われますし、膨大な年月も必要です。従来の日本語教育は実は終わる所を知らなかったと言うのが実状でした。新規参入者にはどこかで終わらせる点も必要であると思いますし、或いは日本語の自然膨張には自立して付いて行ってもらう事も視野に入れておかなければなりません。その意味でローマ字のハードルの低さは必須条件と言って良いと考えます。
日本語と言う自然言語は長い間には伸縮を繰り返しています。その器である記述方法が融通の効かないものであったら、言語としての可能性はグッと低いものになってしまいます。一番価値が問われる時が膨張する時です。世界のあらゆる文化を吸収すべき時にカタカナ語の膨張だけで済むのでしょうか?日本語自体の体質が変わる事も想定しなければならないかもしれないのです。

2015年8月13日木曜日

212)ローマ字運動は何を実際にやって来たのか?

  
ローマ字運動と言うものは五十音表一つ提出しただけで終わる様な簡単なものではなかった筈なのに、実際には次から次へと問題山積の世界であった筈なのに問題消化の継続を放棄したままのこれ迄の運動の在り方に猛省あるべしと強く思います。又更にローマ字の必要性を吹聴する事に比重が掛かり過ぎたと言う事はなかったでしょうか?メリット論争はし易かったでしょうが、デメリットには結局目を瞑って来たのではなかったでしょうか?実際の適用例を懇切に行なって来なかったのではないだろうかとも思います。実際の場面で如何に実用に伏されるされるかを丹念に潰して行くことを運動主体が形作れなかったのではないだろうかとも思います。こう言う風にすればこうなる筈だけでは、企画倒れの商品に過ぎない訳です。説得力がありません。これ迄のローマ字運動は如何なる努力をして来たのか疑わしいと思えて仕方がないのです。日本の地では議論を正面からする事を美徳として来れなかったからではないでしょうか?議論が新たな気付きの機会になれない残念な場所であったと思います。ローマ字と言うのは日本語話者にとって公器になるだろうことを忘れてはならないと思います。公器とは共有財と理解して良いのです。
  

2015年8月12日水曜日

211)ローマ字での造語のスペルについて

仮名漢字混合文においての造語、単語拡充は漢語の半可な造語と片仮名語によって補って来たので、それを踏まえる形のローマ字では造語済みの単語を転写する事をせざるを得ないのですが、ローマ字書記法の段階からはローマ字のメリットを生かした造語に転換する事が望ましいと思います。
①引き続き漢字、漢語で単語を起こしてからローマ字に転換する事が考えられますが、これではローマ字の目的の漢語系同音語を減らす事にはなりませんので、この方法は極力減少させるべきと考えます。
②次に、単語の供給量の多いラテン語系の転換方式を決めなければなりません。ラテン語はヨーロッパの各国語の規則に従って多様に読まれているので、読み方を含めて、発音は英語経由、ドイツ語経由、ロシア語経由等様々ですが、その他は、日本語に直接導入されたと見なした転換の方式を決定すれば良いと考えます。
③次に供給量が多いのは英語と思いますが、英語の読み方とスペルとは不規則な場合が多いので、近似音転写を考えます。スペルに捉われると混乱するのではないかと思われます。
④その他の言語由来のものは上記②③の様に不規則な言語と規則的な言語に分けて考えたら良いと考えます。
⑤全くの造語は百音表に従って造語の用に足りると思います。

210)日本語を照射する。

 

ローマ字の研究は実学とは言い難く、今直ぐ急いでやる様な事ではありません。しかし、これは言葉、日本語に思わぬ形で光を照射し、可視化する事が出来ます。特に日本語を扱う研究者には何故か漢字、漢語にばかり焦点を当てて、大和言葉は関心が向かないと言う奇妙な現象を目の当たりにします。漢字、漢語より大和言葉の方が構造が複雑であるので疎かには出来ない筈ですが、現状はその様に見えるのです。日本語を分析的に考える事は日本語の発展にも有効である筈と考えますし、一般の使用者にとっても日本語を見直す良い機会である筈です。

 

2015年8月11日火曜日

 
209)ローマ字は政治的か?

 
日本語をローマ字で記述する事の可能性を探っているのですが、これは権力的指向でもなければ、反権力的指向でもありません。即ちどちらに対しても対抗するものではなくその用途は主体的に任せられているものです。ローマ字は単なる手段ですからどの様に使おうと全く自由である事を申しておきます。

2015年8月1日土曜日

208)J'a-le-fa-bè-ch-toと分節法(new paragraph rules)

  
分節法とは、文章の行替え時に一語の何所で次の行に切って続けるかという決まりの事です。一語の区切りの事です。英語の場合は辞書の見出語に中黒点が事細かく指定されているのでそれに倣えば良いのです。英語の分節法は閉音節と開音節とがある為、原則はあるものの、何所で区切って良いと言う訳ではありません。J'alefbechtoでは、日本語はほぼ開音節なので、母音の後にハイフンを付けて改行すれば良いと思います。J'alefbechtoでは一見閉音節に見えるスペルがあります。例えば「ch」「gh」等は有拍音素である為これ等の後にハイフンを付けて改行して良いのです。