| もしも、織田信長の世に自分が生きていたら、伯耆の国から駆け上り進言しただろう事があります。この人だったら話が解る筈の事です。それは西方に海を越えて見聞の旅に出ていたでしょう。一度地中海に入ればこの人物の器量からして世界の見方が一新しただろう事は想像に難くありません。この人物は政策の組み立ての勘の卓越性もさることながら、政策の有機的結合にこそ卓越性を見出せるものです。一つの政策が単独に成立しているものではなく、他の政策と関連を持ち乍ら有効性を発揮すると言う事に気付いていた政治家であったと言えると思います。但し斬新さは先鋭さ故に周囲に決して理解されないのだろうとツクヅク思います。 |
■ローマ字運動は一日にして成らず哉也!
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■抑も(そもそも)日本語をアルファベットで書けないという理屈もないだろう?■不揃いなアジアの先達に学べ!
■従来型の五十音表換字一辺倒のローマ字運動その❶/その❷等には長い間のご活動に感謝致します!■従来型の五十音表を棄て、音便を表記可能な百音表へ転換しましょう!
■方式•流派主義を棄て、総ての人の参加とクロストーク/ブレーンストーミングを通 して。
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「J'ALUFBECTO」新提案ローマ字
現在開発中ではありますが、"J'Alfabecto®️ ni yorc te."のクレジットを入れてメモなどにご自由にお使いください。言葉は大衆が等しく使って生きるものです。ちょっとずつ試してみて下さい!時々更新しています。最新版をご覧頂いてアイディアを得て下さい!
2014年12月17日水曜日
| 150)歴史に「もしも」は禁句だけど…… |
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